2024年2月8日
資生堂 副社長 岡部 義昭氏
「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(美の力でよりよい世界を)」を企業使命に掲げる資生堂。チーフマーケティング&イノベーションオフィサーの岡部義昭副社長は同社のR&D(研究開発)戦略について、消費者である生活者と研究員をつなぐことが、人々が心身ともに健やかで幸せに過ごせる商品の開発に結び付くと語る。岡部副社長のもと、同社のみらい開発研究所では、長谷川達也研究員が肌の免疫力を高めることで老化を防止する基礎研究に取り組む。また、肌・身体・心のつながりを研究している岡村智恵子グループマネージャーは、独自のR&D理念「DYNAMIC HARMONY」に基づき美のアルゴリズム研究を手掛けている。
資生堂 副社長・チーフマーケティング&イノベーションオフィサー
1989年資生堂入社。デパート営業10年、デパートマーケティング10年を務め、2010年「クレ・ド・ポー ボーテ(CLE DE PEAU BEAUTE)」ブランドマネージャーに就き、経営・ブランディングを担当。14年SHISEIDO CHINA プレステージ事業本部長、15年執行役員としてSHISEIDOブランドディレクターに就任。23年9月から現職。
およそ1200人の研究所員を抱え高い研究技術力で知られている資生堂ですが、世界中から化粧品の研究者が集まる2023年9月開催のIFSCC(国際化粧品技術者会連盟)大会で快挙を達成しました。資生堂の研究者が発表した技術が、口頭発表2部門両方で最優秀賞を受賞したのです。
1つは日焼けを予防するサンケアの応用研究です。ノンケミカル(紫外線吸収剤の不使用)サンスクリーンに使用される紫外線防御成分が自動で肌に均一に広がる技術を開発し、むらなく塗れて白浮きせずに高いSPFを発揮できるなど、生活者が日ごろ感じているサンケアのニーズに応えています。
もう1つは新たなフレグランス(香りの製品)につながる可能性のある基礎研究です。自分が抱いた「ポジティブな感情」が、体から発散される匂いを通して他人にも呼び起こされるという研究成果を、欧州の研究員が発表しました。こうした行動や感じ方の研究は感性科学と呼ばれ、マーケティングで注目されています。
R&D部門に加えてマーケティング部門のトップも担う私のミッションは、マーケティングとR&Dを融合させ、生活者と研究員をつなぎイノベーションを加速していくことです。資生堂の研究員が積み上げてきた成果を、商品やサービスとしてどう生活者に届けるか。逆に生活者の視点をどのように研究に反映させて、商品の開発につなげるか。異なる発想を融合させていくのは、無限大の可能性を感じる面白い部分です。
生活者と研究員の距離を近づけることで、イノベーションの可能性はさらに高まると考えています。そのために、生活者のインサイト(購買意欲の核心)や時代の潮流などのマーケティングの視点を研究員が意識するようにしています。インサイトやニーズに基づき、埋もれていたり研究の途中で止まったりしていた技術を掘り起こし、商品として世に出して人気を博しました。
例えば、オンライン会議で自分の顔を客観視する機会が増えたり、新型コロナウイルス禍の収束でマスクを付けない機会が増えたりする中で、顔の「たるみ」を何とかしたいとのニーズに対応した商品などを研究成果発で開発しました。一方で「日本人女性の睡眠不足」というインサイトから、肌を生活習慣の乱れやストレスなどの過酷な環境から守る技術に着目した商品も開発しています。
そして研究者と生活者をより密接につなげるため、2019年に都市型オープンラボとして、資生堂グローバルイノベーションセンターを横浜みなとみらいに設立しました。1、2階部分は美の複合体験施設「S/PARK」として一般開放し、誰でも気軽に立ち寄って、商品を体験してもらうことができます。これまでの資生堂の商品やアートも展示しており、気軽に立ち寄ったり外国人観光客が日本文化を体験できたりする情報発信基地でもあります。S/PARKは来年迎える5周年を機に、資生堂独自の肌・身体・心のアルゴリズムを実装し、新たな美の価値を生み出し生活者へお届けする場へと進化していきます。
異業種間での協創も進めています。JAXA(宇宙航空研究開発機構)とは2000年代から連携し、香りや感触(テクスチャー)などの研究に取り組んできました。現在は、宇宙環境での「美のあり方」も追求しています。将来は資生堂の紫外線対策における技術を、宇宙特有の光への対策に応用できる可能性があると考えています。
私が研究しているのは「肌免疫」、すなわち皮膚の免疫です。皮膚は身体の中で一番大きい「免疫の臓器」と言われています。紫外線や感染症などで皮膚が炎症を起こすと、免疫細胞が作用して鎮静化を図ることで肌が回復し、健康な生活を送ることができます。ランゲルハンス細胞と呼ばれるこの免疫細胞は、1平方ミリメートルの肌の中に約1000個も存在しています。
今回新たに、肌免疫が肌の老化の予防にも関わっていることを発見しました。加齢により身体全身が老化していきますが、そのとき老化細胞が増えています。ただ老化細胞の増え方には個人差があり、「CD4 CTL」と呼ばれる免疫細胞が多い人ほど老化細胞の増加が抑えられることや、実際にCD4 CTLが正常な若い細胞ではなく老化細胞のみを選択的に除去することを新たに確認しました。免疫細胞が若々しい肌を保つ秘訣である可能性が、強く示されたのです。こうした知見を応用し、肌の老化を予防していく研究を進めています。
学生時代には、免疫は難解という印象でした。しかし資生堂に入社して、免疫力を強化することで肌を健やかにするという「世界観」に引かれました。免疫の研究といえば、かつてはアレルギーや感染症、がんなどの領域が多かったのですが、最近は精神疾患や認知症、動脈硬化、糖尿病など関連が広く指摘されています。免疫力が肌や全身の健康につながることがわかり、免疫の研究に夢中になりました。
最近は新型コロナウイルス禍の影響もあり、人びとの免疫に対する関心が高まっていると感じます。研究で得た発見により、免疫細胞への働きかけで肌が健やかで美しくいられる仕組みを明らかにし、みなさんにできるだけ早く成果を届けたいと考えています。そのためには免疫という難しい仕組みをいかにわかりやすく魅力的に伝えるか、マーケティングの視点が大切だと考えています。
今回の研究の成果の他にも、食品や運動など様々なアプローチにより免疫力を高めることで老化を予防することにつながると考えています。いつまでも若々しい身体でいられる時代もいつか来るかもしれません。広い視野で免疫力を高めることを追求していきたいと考えています。
●免疫細胞(CD4 CTL)が多い肌ほど老化細胞は少ない
肌の美しさと、身体や心の健康やウェルネスは、異なる価値や概念と思われるかもしれません。ですが、資生堂は1872年の創業当時から西洋の科学と東洋の英知を融合するなど、相反する2つの価値を両立させる「DYNAMIC HARMONY」を追求してきました。この考え方が美のアルゴリズムの研究に生かされています。
実際に肌の美しさはスキンケアによるものだけではなく、身体の内側からも様々な影響を受けています。身体を健やかに保つことで肌の状態がよくなることから、どう体内の調子を整えれば肌の悩みを予防できるのか。肌の内側や未来の肌状態という「見えないものを見える化する」アプロ―チで、肌・身体・心の関係性を表す独自のアルゴリズムを資生堂では築いてきました。
これは、当社がこれまで100年以上にわたり蓄積してきた肌のデータや心の研究、体内の指標などの研究知見を融合して構築しており、肌・身体・心の関係性を明らかにしたものです。その中には、肌の弾力が肌の毛細血管の状態と関連しているなど、全身ともつながる知見もあります。今回新たに「美肌と握力に関連性がある」ことが明らかになりました。握力は全身の筋肉の質や強さを示していますが、それ以外にも血管や神経、内分泌ホルモンとのつながりもわかりつつあります。
今後新たに社内外で明らかになっていく最新の知見を取り入れながら、将来的には2000以上の肌・身体・心の関係性を含むアルゴリズムへと進化させていく予定です。こうした結果を活用することで、化粧品・食品など製品開発の指針になるだけでなく、店頭などのサービスの場で、お客さまとより深いコミュニケーションを取ったり肌悩みへ新たなアドバイスをしたりすることにつながると考えています。
将来に向けて肌を美しく保つために、一人ひとりの鼻骨格から肌の特徴を導き出し、将来の肌悩みを予測できるツールも開発しました。手がかりとなるのは鼻根、鼻梁(びりょう)などの鼻の形状で、これらの鼻の形状から、肌の毛細血管や酸素量との関連がわかり、肌のどの部分がたるみやすいのか、しわになりやすいのかといった特徴がわかります。この技術は2024年以降、当社が本格始動するインナービューティー事業で測定ツールとして活用していきます。
目標は一人ひとりが望むかたちで肌・身体・心をよい状態に保つことができるよう、日常をサポートしていくことです。私たちが日々食べたり眠ったり運動したりするなかで、何が自分にとって良いことか考えながら生活するのは大変です。資生堂が見いだしてきた様々な関係性をベースにして、選択肢や情報、ツールを提供することで、人びとが自分らしい健康美を目指すビューティーウェルネスを実現することができればと考えています。
●鼻の特徴による顔分類と肌悩みを予測
※日経電子版広告特集で2023年12月19日~2023年12月28日に掲載。記事・写真・図版など、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。
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