視覚障がい者の職域拡大プロジェクトの推進で、
「個」の強みを活かし合う
〜ダイバーシティ&インクルージョンの体現により、多様な人財が活躍できるチャンスを~
資生堂は創業以来、多様な価値観が尊重され、一人ひとりの能力を存分に発揮できる環境をつくることは、企業成長に不可欠であると考えてきました。ダイバーシティは、価値創造の源泉です。その考え方を体現するひとつが、始動して3年目となる「視覚障がい者の職域拡大プロジェクト」です。プロジェクトの概要、そして目指す未来とは?自身も視覚障がい者である発起人の石川さゆり、システム開発メンバーの黒郷尚寛に話を聞きました。
見えないからこその強みを生かす。新たな通信営業への道
―「視覚障がい者の職域拡大プロジェクト」を立ち上げた経緯は?
石川 私がなぜ資生堂に入社したか、という話までさかのぼります。私は視覚に障がいをもっており、両親も同じです。両親は、視覚障がい者の職域として大多数とされている、マッサージ・はり・灸といったいわゆる「あはき業」に就いていました。
彼らは常に「その領域にとどまることなく、より幅広いフィールドでチャレンジして欲しい」と私に伝えてくれていました。近い未来ではテクノロジーの進歩や社会のノーマライゼーションの発展によって、私たちができる仕事の領域もどんどん変化するだろう、と。それが私の考えのバックボーンとしてありました。
私自身、視覚障がいをもっていることで、皆が当たり前にできることが自分にはできないという経験も多くしてきましたし、当然、不安な気持ちもありました。しかし学生時代に資生堂のダイバーシティ&インクルージョンの考えに触れる機会があり、障がいの有無に関わらず、皆がともに支え合いながら活躍できる職場であること、視覚障がい者が実際に働いていることを知りました。
『資生堂リスナーズカフェ』という視覚障がい者向けの美容情報の発信をはじめ、視覚障がい者を積極的にサポートする活動をしていることにも感銘を受け、この会社なら自分の力を発揮できる。そう思い、入社しました。
―入社後は、どんな領域で活躍されていましたか?
石川 資生堂本社の人事部や、関係会社の人事も担当しました。現場でいろいろな領域の方と関わる中で、視覚に障がいがあっても活躍できる仕事はじつは多くあるのでは、という気づきがありました。実現するためにはいくつものハードルがあるものの、それをクリアすれば視覚障がい者も活躍できる新しい職域を生み出せるのでは、と思うようになりました。
「ビューティーイノベーションコンテスト」での
プレゼンテーション風景
そんな折、企業使命を体現する新しいイノベーションを事業所ごとに提案し合う社内コンテスト「ビューティーイノベーションコンテスト」の存在を知りました。
これはチャンスだ!と、「視覚障がい者の職域拡大プロジェクト」を提案。周りの後押しもあり日本代表に選ばれ、グローバル全体で2位を獲得することができました。それがきっかけで2020年、本格的にプロジェクトをスタート。
当プロジェクトでは「見えないとできない」と思われていた仕事を、まずは資生堂の中で「できる」仕事にし、障がいに関わらずさまざまな領域で働けることを社会に発信することを目指しています。まず第一歩は、「通信営業」の領域で視覚障がいをもつ人が働けるシステムや体制を整えることから始めました。
―「通信営業」とは、どんな仕事なのでしょうか。
石川 受注促進の活動や新商品の紹介など、電話やメールでのコミュニケーションを中心とする営業領域の仕事です。見えない分、言葉でのコミュニケーションに長けていると言われる視覚障がい者の強みが存分に発揮できる分野だという自負がありました。
―実務の整備にあたり、どんなところが課題でしたか?
石川 一番の課題は「見える」ことを前提に作成されている資料を、どうしたら視覚障がい者でも把握できる状態にするか、ということでした。通常、視覚障がい者は、音声で読み上げるソフトを使い、パソコン画面上の文字を理解しています。とはいえ、既存の営業システムは音声読み上げソフトとの互換性を前提に作られていないものが多く、それを一から改修するのも大変な作業です。
技術面・使用性・コスト面などから最適な方法を探るべく、システム開発担当の黒郷さんと一緒に、業務の一つひとつに対して音声読み上げソフトを使わずに工夫できることはないか、検証する作業に時間を注ぎました。
そうして色々な態勢を整え、2021年8月に一期生として視覚障がい者で初の通信営業社員が誕生しました。この方は働いて1年になりますが、パフォーマンスも十分に発揮し、営業予算も達成しています。
現在は二期生の採用が終わった段階です。実務を通して、組み立てたプロセスがきちんと回っているのかを検証しながらシステムの微調整を行っています。最終的には、社内で構築した成功事例を社外に発信し、共有していくことを考えています。
職域拡大を支えるシステム開発の力
―膨大な量の商品情報を言語化する作業は、労力と時間がかかったのでは?
石川 まずは私自身が実際に通信営業の業務に携わりながら、必要なシステムを同時に整えていくという日々でした。システムに精通している黒郷さんと、音声読み上げソフトを普段から使っている私とで協力し合ったからこそ、実務で必要な一つひとつの操作について丁寧に検証ができました。立場の違うメンバーが同じ目的に向かい、ときには違う視点を持ち、進められたからこその成果だと思っています。
黒郷 プロジェクト始動時、石川さんから営業システムで使うツールを音声読み上げソフトで使えるようにできないか、という相談を受けました。ただ、営業システムのツールの中には、業務によって音声読み上げソフトが必要なものと、そうでないものがありました。
よってまずは、システムを改修するのではなく、必要な業務に即したシステムや画面はどれかという観点で改修作業を進めました。
とはいえ私たちシステム領域の人間にとっては、通信営業の業務を精緻に理解することはとても難しいことで、業務に同行したとしても1日や2日で体読できるものではありません。
だからこそ、石川さんが実際に通信営業部門で実務を担当されたことが大きく貢献しました。どういった業務があり、どんなツールが必要で、どこの画面を使うのか。石川さん自らが全ての業務をリストアップし、プロジェクトを牽引したからこそ、システムの改修点を効率的に洗い出し、整理することができました。まさに、「開かない扉を開けた」といった、すごい原動力でした。
―プロジェクトに関わるうちに、意識の変化はありましたか。
黒郷 石川さんとお会いするまでは、視覚障がい者が音声読み上げソフトを活用し、パソコンを使いこなしていることを知りませんでした。仮に音声読み上げソフトを活用しても、業務スピードはゆっくりなのでは、とも思っていましたが、石川さんの働きぶりを拝見してから、その考えが一変しました。
とても速いスピードで音声読み上げソフトは読み上げられるのですが、それを正確に聞き分けます。普通では聞き取れないようなスピード感の音声を聞き分けることによって、健常者と同じくらいのスピードで仕事をこなします。
障がいの有無に関係なく、もはや「個」の力が重要だと思いました。力が発揮できる環境は、システムの構築によって生み出すことができると確信しました。
石川 視覚障がい者にとって、能力が高くてもできることに限界があるという時代が続いていましたが、最近ではテクノロジーの進化により、十二分な生産性を発揮できる環境の実現が可能になってきています。
そしてダイバーシティ&インクルージョンの考えをもつ人々の集合体である資生堂だからこそ、視覚に障がいがあっても、個としての力を最大限に発揮して働くことができるのだと思います。
視覚に障がいがあるから…という固定観念をなくしたい
―最後に、今後チャレンジしたいことを教えてください。
黒郷 当プロジェクトを通じて、システムを構築する上での視点が変わりました。今後は、より多様な人財が個としての能力をより発揮できるためのシステムを開発していきたい。その上でまずは障がいのある方への理解を深めていき、一人ひとりが生きいきと活躍できる環境をつくり、ゆくゆくは資生堂の取り組みを社会に発信し、インパクトを与え続けられたらと思っています。
石川 プロジェクトが始まった頃にちょうどコロナ禍となり、状況は一変しました。そんな中でもプロジェクトメンバーでアイデアをひねり出してどうやったら実現するかを考えてきました。
どんなプロジェクトも進めるにあたり当然壁がありますが、「できない」ではなく「どうしたらできるか」という発想に転換することで、形にしていく。このプロジェクトはそれが実現できているので、社内のより多くの人に広めていきたい。
併せて、視覚障がいをもっていても個の力で活躍できることを知ってもらいたい。さらにはこのプロジェクトが社内における視覚障がい者の雇用という点にとどまらず、社会における視覚障がい者への固定観念を変えていけたら。そのきっかけ作りを、私たちが率先できたらと思います。