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資生堂 基底膜研究の30年

~肌再生の源から見通す肌の未来~

2024年8月22日

入山俊介 八谷有宇子

入山俊介 資生堂 みらい開発研究所シーズ開発センター肌美価値開発室 室長(写真左)

八谷有宇子 資生堂 みらい開発研究所シーズ開発センター 肌美価値開発室 肌形状価値開発グループ(写真右)

2024年、資生堂は、基底膜ケアの新時代を拓く成分、「コアキシマイド」を発表しました。肌再生の源として語られる「基底膜」。その働きを解明し、肌の美しさに寄与したいという資生堂の基底膜研究の歴史は、いまから30年以上前、1990年代初めにまでさかのぼります。「コアキシマイド」に到達するまで、どのような探求の物語があったのか。過去から未来へと研究のバトンをつなぐ、二人の研究員に聞きました。

―まずおふたりの現在の所属と、役割についてお伺いします

入山 私は、シーズ開発センター肌美価値開発室の室長をしています。ダーマトロジー、ライフサイエンスを専門に研究をする、基礎研究部門のまとめ役ですね。私は学生のころから研究志望で、基礎研究を通して世の中に価値を広げたいと思っていました。2004年の資生堂入社当時には、化粧品は多様な研究領域間の融合分野だからこそ、博士課程を終えた研究者だけでなく修士を終えた人にも可能性を見出して、会社の中で育てていくというスタンスがありました。入ってから自分を伸ばしたいと思いましたし、分野を融合して価値をつくることに興味がありました。

八谷 入山さんの室の肌形状価値開発グループというところで肌の「形」にフォーカスした研究、中でもシワ、老化で表面形態が変わってくるところを研究しています。資生堂でコラーゲン研究をはじめられた西山敏夫先生(元・資生堂リサーチセンター 皮膚科学研究所 所長)が大学のときの恩師で。3年生の時に、基底膜研究のために欠かせない「三次元培養皮膚モデル」の実験を見せてもらったんです。一度バラバラになった細胞とコラーゲンを使って、培養シャーレの中で本物の皮膚のような構造物がつくられるのがとても面白く、西山研究室に入り、資生堂に入社しました。それがいまに繋がっています。

資生堂の基底膜研究の歴史

―今日は、資生堂の基底膜ケアの歴史についてお話をしていきます。近年美容の世界で話題にのぼる基底膜については、資生堂では長きにわたるコラーゲン研究に端を発して1990年代初頭から研究をはじめ、既に30年を超える歴史があります。2000年頃の商品では、基底膜ケアは「アーリーエイジングケア」の文脈で語られていました

入山 2000年当時は、先輩の天野さん(天野聡 元・資生堂みらい開発研究所シニアサイエンティスト)が研究をリードしていました。IFSCC※1やマリ・クレール※2でも賞をとって、その研究成果は一世を風靡しました。あの時は、基底膜が老化にかかわるようだ、ということが大発見で、基底膜と老化予防ということを結び付けたことが初めてだったのです。その後化粧品会社として、研究を重ねて、シワやシミ、肌のバリア等、肌の美しさの司令塔としての役割を果たしていることを突き止めました。そこで、会社の中で情報をまとめて管理している部門や商品開発部門に働きかけて、「基底膜は、肌の美しさの根幹を司っています、その発見を商品訴求に生かしましょう」と、話をしまして。ところが、反応があまり芳しくなかった。
  1. ※1:国際化粧品技術者会連盟(The International Federation of Societies of Cosmetic Chemists):1959 年に8 カ国の化粧品技術者会の参加により結成。世界中の化粧品技術者による、より高機能で安全な化粧品技術の開発へ向けて取り組む組織
  2. ※2:『マリ・クレール』誌が主催する「プリ・デクセランス」。1985年創設。世界で最も権威ある化粧品の賞として知られる。審査はフランスをはじめとするヨーロッパを代表するファッション・美容誌の有力美容記者の投票で行われ、1年間にフランスで発売された、フレグランスを除く全新製品を対象に、革新性・有効性・使用性・パッケージ・品質と価格のバランスなどを総合的に評価する
表皮と真皮の間に存在する、コラーゲンを中心に構成された厚さわずか0.1㎛の膜

―なぜでしょう?

入山 当時は、なにがなににどう効果を発揮する、というような、クリアな訴求が求められていました。シミにもシワにも美白にも関連しているならば、それぞれの対応ブランドでそれぞれに訴求しましょう、と。より大きな価値として基底膜ケアの意味を伝えたかったのですが、当時はそうはならなくて。

基底膜研究と幹細胞ケアの関係性で夢を語る

―今の時代だと、体幹トレーニングや腸活ブーム等、根幹へのアプローチがスッと心に届きますが、当時は違ったわけですね。そこで、訴求のアプローチを変えた、と

入山 どうしたら肌再生の源である基底膜ケアの価値を伝えられるかを考えていたころ、話題になってきていたのが幹細胞ケアでした。基底膜、というのは幹細胞が存在する場所なんです。その関係を伝えることで、価値が世の中に伝わるのではないかと考えました。基底膜に幹細胞を絡めると夢が膨らむし、意味が伝わりやすい。ビジネスの視点でも発信を考え直したんです。2015年くらいのことです。

―研究成果を世に知らしめるために、夢が膨らむ言い方を研究者自身が検討するのは面白いです

入山 研究の成果は、世の中に使ってもらわなければ意味がないですし、喜んでもらって、売り上げがあって、さらに研究が進むわけです。ビジネスマインドだけでも、基礎研究マインドだけでもだめで、その相反するものをバランスよく整えるところが、企業の研究者の意味だと思っています。化粧品という分野は学際的にそれがやりやすい分野です。世の中の波をつかんで、研究者としての肌感とビジネス感覚で研究を深めていこうと私はポジティブに考えていました。いろいろなタイプの研究者がいていいと思っています。
八谷 そのころのこと、覚えています。研究の成果が世の中に形になって出ていく様を見せてもらった感じです。私は当時評価システムの構築という、アウトプットとは遠い部分の研究をしていましたので、入山さんが研究の発信に向けて様々な提案をすごいスピードで展開しているところを見て、自分も早く何かアウトプットを出せるようになりたいと思いました。自分がどう会社に貢献できているのかは、まだまだ分からないところにいましたので、早く私も…と刺激を受けました。

遠い道のりだからこそ、集中と俯瞰を繰り返し、仲間と共に

―遠い道のりを歩んで、結果が出たと思ったら、あまり受け入れられず、また角度を変えて…という、もしかしたら自分の代だけでは終わらないかもしれない研究を日々重ねるということの大変さと尊さを感じます。

入山 以前は、例えば因子の発見だけでもニュースになりました。最近では各種学会でも1つの因子に着目するだけではなく、皮膚全体で何がおきているのかを把握して、その変化や現象の全体を捉える「オミックス研究」を取り入れ、俯瞰で見るようになってきています。だからこそ、概念だとか哲学を通して伝えるという視点の研究が増えている。私たちも、時代のタイミングや伝えるメッセージも合わせてトータルで考えることも重要だと考えるようになりました。担当研究者だけでなく、社内の異分野の研究者からのサポートも大きな力になります。例えばいったん保留になった研究も視点を変えて、一緒に育てていこうじゃないかという機運をつくること。新しい価値を生み出すには大切なエネルギー源だと思います。

―社内では担当領域を超えて研究員同士がコミュニケーションを図ることも?

入山 組織的には縦割りではありますが、変なバリアのようなものはないですよ(笑)。若いころは勢いで失礼な進め方をして怒られたこともあります。進め方や方針は分野によって異なるので、きちんと調べて、話をして、信頼してもらって。それぞれが責任をもって研究を進めていることの裏返しだと思います。
八谷 どの分野も、それぞれの方法論があって、専門性が高いスペシャリストなので、こちらが真剣に考えてお話をすると、本気で聞いてアドバイスをくれます。

2024年、新成分「コアキシマイド」発表

―2000年、IFSCCベルリン大会口頭発表部門で、おふたりの先輩にあたる天野研究員が、「皮膚基底膜研究ケアに関する研究」を発表し、最優秀賞を獲得しました。「老化の初期段階に肌の内部で何が起きているかを突き止め、老化を早めにケアできる薬剤リピデュールを開発」、と社史にあります。そしてこの度、新しい成分「コアキシマイド」によって、基底膜ケアに新しい視点が加わります

入山 基底膜をおさらいすると、表皮と真皮の間にある、コラーゲンを中心に構成された厚さわずか0.1㎛の膜です。この膜には、3つの役割があります。ひとつは、表皮と真皮をつなぎ止めること、二つ目は表皮と真皮のコミュニケーションを司ること、三つめが、 表皮幹細胞を安定化することです。わかりやすく言えば肌がすこやかな状態を維持するためのあらゆる重要な役割を担っているわけで、ここがダメージを受けると、シミ、シワなどの肌の老化に繋がっていくと同時に、幹細胞の働きが阻害されてしまいます。ならば基底膜をケアすることで、複数の肌悩みに同時にアプローチがかなうと言えます。
基底膜ダメージの根本原因となる2大酵素を発見

基底膜がダメージを受ける要因として、2年ほどの探索の結果、二つの酵素を突き止めました。酵素MMP-9と酵素ヘパラナーゼです。この活性を抑制する成分が見つかれば、基底膜ケアは大きく前進するという仮説に基づいて、膨大なサンプルライブラリの中からスクリーニングを開始しました。これは2000年代の終わりごろのことです。

―膨大なサンプルというと?

入山 正確に調べてあります。候補成分は21,476種類ありました。その中から評価を重ね、化粧品に配合できる安全性やグローバルで展開できる点も勘案して確定した成分が「コアキシマイド」です。

―説に基づいて21,476のサンプルを確認していくのは、研究者としては夢のある工程ですか? それとも…

入山 それは、苦しかったです。必ず結果が出るとわかっているわけではないですし、時間も気力も、お金も必要です。でも上司がしっかりと予算を確保してくれまして、もう、やるしかない、と。まだ世の中にないものなので、あらゆる論文を読んで評価系から作らなくてはなりませんでした。ひたすら毎日、朝から晩までこもって実験を繰り返していました。救いだったのは、研究仲間が時々声をかけてくれてリフレッシュに連れ出してくれたことです。あれがなかったら、大変なことになっていたかもしれません。私も若かったので、やり切れたのだと思います。

八谷 実験のためのプレートのタワーができていたという伝説を聞いたことがあります。積み上げると天井に届くくらいのプレートの数だったと。そういえば、先ほど話に出ていた酵素ヘパラナーゼについて、入山さんが部内報告会で効果データを発表しているのを入社一年目の時に見ていました。私はまだ別のグループにいたんですけれども、大学のとき皮膚モデルを使って基底膜が重要だということを学んでいたので、入山さんの報告を聞いて、この酵素を抑えるとこんなに基底膜が修復できます、と言っているのを聞いて、「すごい、すごい!」って思ったんです。

入山 そうなんだ、うれしいね。
八谷 この話は絶対今日しようと思ってきました(笑)

受け継がれる研究魂

―入社して、研究という大海原に漕ぎ出したときに、そういった先輩の姿を見るっていいですね。受け継がれる研究魂を感じます

八谷 学生のころから資生堂の先輩方の研究を追いかけて、ずっと基底膜が大事だということを認識したうえで研究をしてきて、いま世の中に基底膜ケアが浸透してきたというのがとてもうれしいですし、自信をもって研究を続けようという気持ちになります。自分もいつか、何か別の新しい花を咲かせたいというモチベーションにもなります。

―時代とマッチしていく、流れに乗るということも大切なんですね。自分のジェネレーションだけではなく、研究のバトンを信念をもってつなぎながら成果が世に出る瞬間を狙うというイメージを持ちました

入山 その流れをこれから受け継いで八谷さんやほかの研究員が新しい未来をつくっていくわけです。基底膜研究の父ともいえる天野さんにはいつまでたっても追いつけないから、僕が追いかけて、八谷さんが僕の次を走って・・・

―いまでも先輩の背中には追い付けないものですか?

入山 いつまでも追いつけないです。見てきた先輩たちの背中が美しいと思うからこそ、追いかけるし、いつまでも追いつけないから走り続けなくてはならないんです。師弟関係は研究成果だけではなくて、研究者としてのあり方も含んで、師なんです。天野さんにお会いするといつでも目がキラキラ輝いていて何かを探求している。僕も後ろに八谷さんがいることを感じながら学会に出る。そういう感じです。

研究を通して探求するベターワールドとは

―「見てきた背中が美しい」。連綿と続く研究そのものに美しさがあるからこそ、ひとの美しさを求める心に響くのかもしれません。最後に、おふたりにとって、研究を通して実現したいベターワールドとは、どのような世界ですか

入山 言い方が難しいのですが…、シワは改善できる世界になっていますし、シワのあるなしは、選べるものです。そのうえで私は文化として、自分のシワを肯定できる、シワのある人生も素敵だという世界がいいなと思うんです。美の在り方として、その人が感情を素直に表情に出しながら生きられる、そのことが美しいという世界になることが私の理想です。
八谷 私は、ひとが自分の変化をがっかりしないような現実がつくれたらいいなと思います。変化があってもどうにかなるよねというマインドで生きられる人が増えることを目標に価値を提供していきたいと思っています。今現在、自分自身は年齢を重ねることをネガティブには感じていなくて、自分らしさが増していく過程であると考えていますし、研究でもそれを体現できたらと思っています。

―少し意地悪な質問ですが、もし資生堂が「絶対に今よりわかわかしく!アンチエイジング!」と舵を切ったら、おふたりの考えはどうなりますか?

入山 うーん、そうはならないんじゃないかな? 八谷さんどう?
八谷 入社以来、ひとの現在を否定するような言い方は、資生堂では聞いたことがないですね。実際には実現可能であっても、そういう発信は資生堂ではないような…?
入山 多様な考え方があっていいのだと思います。考え方をひとつに集約するというよりは、あらゆるものを肯定していくカルチャーが資生堂にはあります。先人たちも、そういったマインドでいろんなものを受け入れて、結果を出してこられましたし、私も、これからの人たちもそうだと思います。もしかしたら、時代の流れで発信は変わっていくけれども、あらゆるものを肯定して進む、それが資生堂らしいのかなと思っています。