資生堂は、2010年3月に「化粧品における動物実験廃止を目指す」宣言をし、以来5回にわたり、有識者・学術関係者・動物愛護団体のステークホルダーのみなさまとともに円卓会議を開催し、さまざまな議論を重ねてまいりました。そして、みなさまの声を反映して、動物実験代替法を中心とした新安全性保証体系を確立したことにより、2013年4月より開発に着手する化粧品・医薬部外品における社内外での動物実験を廃止しました。
第六回となる今回はこれまでの締めくくりの回として、ご参加いただいたみなさまにお集まりいただき、2013年度の資生堂の取り組み成果やご参加のみなさまそれぞれの廃止に向けた取り組みを共有するとともに、これまでの円卓会議を振り返りました。
資生堂より、2013年度の活動実績と今後の取り組みについて報告しました。
主な内容は以下のとおりです。
2013年3月末までに、化粧品・医薬部外品における動物実験を廃止し、代替法を中心とした新安全性保証体系に切り替えました。
この新安全性保証体系 [PDF:279KB]は、「情報による保証」(原料情報やメーカー情報などの情報による一次評価、コンピュータシミュレーションを用いた予測(in silico))、「代替法による保証」(細胞を用いた代替試験(in vitro))、「ヒトによる最終確認」(医師管理下での連用試験やヒトパッチテスト等)というステップで構成されます。「動物実験を行わないための安全性保証体系」ではなく、「動物実験という選択肢はすでに存在しないという認識」のもとで、資生堂にとっての新しい安全性保証体系を確立したものです。
1年間、この新安全性保証体系を実行するとともに、皮膚感作性、光感作性、遺伝毒性、生殖発生毒性の各項目について、それぞれの評価方法を改善し、精度の向上と適用範囲の拡大を図りました。
皮膚感作性試験代替法(h-CLAT)について、OECDテストガイドライン化に向けたプロセスの着実な進展 [PDF:267KB]がありました。また、眼刺激試験代替法についても日本における公定化に向けた進展 [PDF:1.10MB]が見られるなど、EUに続き日本でも代替法の公定化への流れが加速していると認識しています。
本討論会は、社内の安全性保証体系の科学的妥当性や社会受容性などについて、社外有識者と資生堂の研究者がともに検討するためのもので、2012年より開催しています。2013年度も3回開催し、反復投与毒性や生殖発生毒性等についての安全性保証体系について検討しました。2014年度も引き続き開催の予定です。
中国…これまで、全ての化粧品について安全性担保のために動物実験結果の提出が義務付けられていましたが、2013年12月の通達により「中国国内で製造される一般化粧品については動物実験でなくても企業が安全性を担保したデータを提出すれば認められる可能性がある」とされました。ただし、動物実験に代わる具体的な安全性担保の手法は提示されていません。どのようなデータを提出すれば認められるのか、資生堂では中国のリサーチセンターと日本のリサーチセンターと共同で検討しています。
韓国…2014年1月に機能性化粧品の審査時の安全性に関する資料について改定告知があり、認められる試験法が大幅に拡大されました。
EU…2013年3月から、動物実験の全面禁止が施行されましたが、資生堂はEU規制を順守することができています。
その他、イスラエルやインドでも動物実験禁止に向けた動きがあるなど、EU以外でも禁止への動きは加速していると認識しています。
動物実験の廃止を求める会(JAVA)の亀倉氏からは、前回の円卓会議以降の取り組みとして、2013年7月に開催された第7回化粧品規制協力国際会議のステークホルダーセッションに参加して事実上の動物実験禁止の提言・要望を行ったこと、2014年1月に、国際的動物保護団体「Cruelty Free International」や英国の化粧品メーカー「ザ・ボディショップ」などと協力して厚生労働大臣に化粧品の動物実験廃止を求める約12万筆の署名を提出したこと、EUの動物実験廃止にあわせて大手メーカー各社への質問状を送付したことなど、イベント開催やメディア露出などとあわせさまざまな活動を行った旨の報告がありました。
横浜国立大学大学院工学研究院教授の板垣氏からは、代替法についての社会の認知度を向上させるための取り組みとして、2014年12月に開催を予定している「日本動物実験代替法学会第27回大会」についての紹介がありました。「過去からの脱却と未来に向けたキックオフ」を全体テーマに、皮膚科医や3次元プリンティングの研究者による講演、10のテーマ別シンポジウムなどの開催を予定し、今後、マスコミへの告知などを積極的に行っていくとの報告がありました。
今回で締めくくりとなる円卓会議の歩みや意義についても、改めて振り返っての意見交換が行われました。
第一回の会議が行われたのは2010年6月。資生堂が「2011年3月までに自社での動物実験施設の閉鎖」「2013年3月までに化粧品の動物実験廃止を目指す」という方針を打ち出したことがきっかけでした。続く2010年11月の第二回会議で、「代替法の開発と実用化の推進」「他社への働きかけ」「行政への働きかけ」「消費者への働きかけ」という4つの課題を明確化。その後も、資生堂の取り組みの進捗状況や社会状況、さらなる課題などについて、情報共有や意見交換を続けてきました。
参加者からは、「さまざまなステークホルダーが一堂に集まり、利害関係を超えて議論できた結果、イノベーションを生み出した」「対立する意見を持つステークホルダーとの円卓会議の開催は、非常に勇気のいることだが、本円卓会議は、エンゲージメント事例として、日本企業におけるベストプラクティスではないか」「円卓会議は終わりになるが、それぞれの課題に対するアプローチは継続的に必要である」といった声が寄せられました。
浅野 明子氏/高木國雄法律事務所
【ご意見】亀倉さんからご指摘があったように、法律を制定・改正するのでなく現行法の運用で動物実験を実質的な禁止に持っていくというのは有効なアプローチだと思います。動物の虐待や遺棄は動物愛護法でも犯罪行為として明記されていますが、実際にはペットを捨てる人がたくさんいるというように、法律があってもきちんと運用されていないという状況が、特に日本の場合は多いように感じます。実験動物に関しても「苦痛の軽減」や「実験の必要不可欠性」などが、基準で明確に定められていますので、その基準を厳正に守って行政がチェックに入るだけで、かなり状況はよくなるのではないでしょうか。
また、そのように「使われていない」法令をきちんと適用させていくには、やはり情報公開による世論の喚起が必要です。企業の社会的責任という意味からも、自社だけではなく業務委託先なども含め、しっかりと管理すると同時にいい面も悪い面も含めた情報公開をしていく、消費者に納得していただけるまで説明する、そうした姿勢が求められるのではないかと思います。
板垣 宏氏/横浜国立大学大学院工学研究院 教授
【ご意見】代替法については、研究面での課題もたくさん残っていますが、同時に社会への普及に関する課題も認識しなくてはならないと思います。私は当初資生堂の社員としてこの円卓会議に参加し、2011年以降は外部の人間として参加していますが、代替法というものが化粧品業界以外でいかに知られていないかということを、外に出てみて改めて痛感しました。例えば、日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)の申請の項目に「代替法」というkey wordさえ含まれていないのが現状で、大学等の研究者は「代替法」では研究費の申請が困難です。ですから、どんなに資生堂が素晴らしい取り組みをしても、資生堂だけがやっているのでは意義は半減します。例えばシンポジウムでの発表などを通じて、知識を広く共有化するとともにブラッシュアップを図ることなども考えられるのではないでしょうか。もちろん知的財産権に関する問題などはありますが、代替法というものをどう社会に広めていくのかを考えることは、今後の重要な課題だと思います。
円卓会議は今回で最後になりますが、ここで積み残された課題を明確化すること、そしてそこに対して今後どうアプローチしていくのかを考えることも重要だと思います。
亀倉 弘美氏/NPO法人 動物実験の廃止を求める会(JAVA)理事
【ご意見】これまで活動する中で、資生堂など一部の企業を除いた日本の企業、そして政府からはこの動物実験の問題をいまだ「対岸の火事」としてしか受け止めていない印象を受けています。今後の活動においては、立法や法改正の前にまずは、今ある法や制度の運用によって「事実上の動物実験禁止」を実現する方法を探っていきたいと考えています。そのためには、業界全体の意識改革が必要です。業界団体である日本化粧品工業連合会は「動物実験廃止は無理」とまったく取り合わないようですが、韓国の化粧品業界団体は動物実験の禁止に概ね同意していると聞いています。そうした海外の動きと歩調を合わせることも考えつつ、日本の業界も変わっていくべきだと思います。
最後に、4年にわたる六回の会議に参加し、率直な意見を交わす機会をいただいたことにお礼を申し上げます。先ほど、資生堂から「当社の安全性保証体系の中には『動物実験』という文言自体が存在しない」というお話を聞いて大変嬉しく思いました。動物実験という選択肢がそもそも存在しない、というところからイノベーションを生み出していけるような、人道的・倫理的な社会の構築を目指していきたいと思っています。
田中 憲穂氏/鳥取大学染色体工学研究センター 客員教授
【ご意見】動物実験廃止はもちろん実現すべき課題ですが、そのためにはなんといっても代替法の開発が重要です。現状として、日本はその点でかなり高い水準まで来ていると思います。日本動物実験代替法評価センター(JaCVAM)および日本動物実験代替法学会が中心になって、非常に熱心に開発を促進してきましたし、資生堂さんのほかコーセー、マンダムなど複数の民間企業、また日本化粧品工業連合会などからも、さまざまな形でサポートをいただいております。
また、確立された代替法については、次は第三者による評価、バリデーションの段階に進むわけですが、日本化学工業協会が昨年、バリデーションに特化したサポートを表明されました。バリデーションには非常に費用がかかることもあり、大変ありがたく思っております。また、日本製薬工業協会も、一部のバリデーションに向けた取り組みにご参画いただいていますし、厚労省や経産省にもさまざまな形でサポートをいただいています。
そのように、行政および企業や業界団体の支援により、かなり開発が進んできているのではないかというのが私の現状認識です。
中野 栄子氏/株式会社日経BPコンサルティング プロデューサー
【ご意見】お話を伺っていて、この1年間でも代替法の開発にめざましい進展があったことがよく分かりました。その一方で、そもそも代替法とは何なのかということが、まだまだ世の中に伝わっていないということも感じます。
例えば、昨年の美白化粧品の白斑被害の問題のように、何か事件や事故が起こればメディアは大騒ぎしますが、企業が通常から安全性確保のためにどんな取り組みをしているのかはほとんど報じられません。これはもちろん、私たちメディアの責任もあるのですが、企業の側も何のために代替法というものを開発しているのか、一般の人たちにも分かりやすく伝える努力をもっとしていただければと思います。
現状では、化粧品企業が自分たちの取り組みを世の中に対して発信することに対して、まだあまり積極性がないように感じられます。「ここまで言うと言い過ぎかな」という思いもおありかもしれませんが、そこをあえて公の場で主張されていくことも場合によっては必要なのではないでしょうか。例えば学会で発表されている専門的な内容などを、もっと噛み砕いて、広く一般の人たちにも発信されていくのが一案だと思います。
藤井 敏彦氏/経済産業研究所 コンサルティングフェロー
【ご意見】これまでこの円卓会議に参加させていただいて、ステークホルダーの意見、規制制度の問題、会社の価値観という3つの要素を受け止めた上でイノベーションを生み出すという、CSRのエッセンスを全て含み込んだ、素晴らしい試みだったと感じています。
動物実験の問題に限らず、日本の消費者というのは環境や安全性、人権などのテーマに非常に関心が薄いという実情があり、それが一部で指摘されている業界団体などの動きの鈍さにもつながっています。しかし一方で、他の国にはそうしたことに非常に敏感な消費者も多い。グローバルに展開していく企業が、そうした外の価値観をどこまで早く取り込めるかは、今後の重要な課題ではないでしょうか。
また、代替法の開発のように、ステークホルダーの意見を受け入れ、多大なコストをかけてイノベーションを起こした企業に対し、どう評価をするかということも考えていくべきだと思います。かかったコストに見合う評価や報酬がなければ、他の企業もなかなか後には続きません。
国外と国内の意識のギャップ、そして企業の努力への評価。この2点は、今後NGOと企業が一緒に考えていくべき問題だと思います。
吉田 武美氏/日本毒性学会 元理事長
【ご意見】毒性学の立場からすれば、一つの代替法だけで安全性がすべて担保できるということは決してあり得ません。確かに代替法の研究は非常に進んできましたけれども、試験管の中での実験(in vitro)では、何千何万という遺伝子を含む我々の細胞の中で、実際にどのような動きがあるのかがなかなかはっきりとは見えてきません。いろいろな実験方法を組み合わせて実施することで、はじめてその部分をカバーできるのではないかと思います。
今後、より研究が進み、細胞の中の動きがもっと明確に把握できるようになれば、科学的根拠としての代替法の重みもいっそう増していくでしょう。医薬品開発の中でも今、さまざまな代替法が用いられていますので、そのことを周知させていくことが、ひいては化粧品開発においても、代替法によって安全性担保ができるんだということを知らせていくことにつながるのではないでしょうか。
(司会)川北 秀人氏/IIHOE 人と組織と地球のための国際研究所 代表
海外で企業が事故・事件を起こしたとき、不買運動などが発生するかどうかの一つの分かれ目は、その会社がそれまで、安全確保のための取り組みについての経過報告をどれだけ行っていたかです。そうした「安全取り組み経過広報」をきちんと果たしていた企業であれば、「これだけ注意していたのだから、ある程度は仕方ない」と思ってもらえる面もあるでしょう。日本では、事故などの際もその結果だけが批判され、そこに至るプロセスは無視される傾向があるので難しいのですが、これまでこの円卓会議で報告されてきたような、代替法の開発など安全性の向上に向けた取り組みや努力については、ぜひ今後もさまざまな形で発信していっていただきたいと思います。
また、この円卓会議は日本人だけで構成されていましたが、もし最初からいろいろな国の人たちが参加していれば、議論の対象を日本に限定せず、世界的なスタンダードを前提とした議論が行えていたかもしれません。この4年で、資生堂さんの売上における海外市場の比率もより高くなったとお聞きしますし、次に皆さんとお会いする機会があれば、半分以上は日本人じゃない方がいらっしゃる場で、プレゼンテーションも英語で、ということになるだろうと思っております。そういった、開かれたフォーラムに進化していく過程となる、非常にすばらしい場を提供していただけたことに感謝します。
株式会社資生堂 執行役員 岩井 恒彦
当社の動物実験廃止決定にあたって、この円卓会議は非常に大きな役割を果たしていただいたと考えています。これだけさまざまな立場のステークホルダーの皆さまと、一つの課題について意見を交わし、そこから生まれるものを企業経営に取り込んでいくという取り組みは、当社にとってもまったく初めてのことでした。美の追求と提供を使命とする会社として、「動物実験はやらない」という前提のもと、さらなるイノベーションを目指すとともに、代替法をはじめとする化粧品の安全性についての考え方を広く知らしめるために今後も尽力していきたいと思います。
社会のグローバル化が加速し価値観の多様化が進む中で、新たな社会課題も次々に現れてきています。今後、多種多様な課題と直面していくことになるであろう当社にとって、この円卓会議は非常に貴重な経験となりました。社会と共生し、よりよい社会づくりに貢献し、社会から必要とされる企業であり続けるために、これからも真摯な取り組みを続けてまいりたいと思います。ご多忙のところ、4年間にわたってご参加いただいたみなさまに感謝するとともに、引き続きのご支援をお願い申し上げます。
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