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肌に触れることの意義を
脳科学研究で解明

~肌に触れることは、安心感や感覚入力の調整に寄与する可能性を示唆~

2024年2月21日

資生堂は、脳科学研究により、肌に触れることの意義を客観的に評価し解明しました。自分の肌に触れる”セルフタッチ”は、安心感をもたらすとともに自己を確かめる動作であること※1、他者から触れられる”受動的タッチ”では、その触れ方の快、不快の評価により皮膚の感覚入力が調整されることが示唆されました※2。スキンケアや美容施術によって肌に触れることは、肌の健康を保つだけでなく、ストレスや不安から自分を守り、安定した心と快適な状態をもたらす意義があると考えられます。本研究内容を含む研究成果は、複数の学会や論文、書籍などで発表しました。

  1. ※1:Kikuchi Y, Shirato M, Machida A, et al. “The Neural Basis of Self-Touch in a Pain-Free Situation” Neuropsychiatry (London) (2018) 8(1), 186-196, 2018
  2. ※2:Shirato M, Kikuchi Y, Machida A, et al. “Gentle Touch Opens the Gate to the Primary Somatosensory Cortex” Neuropsychiatry (London) (2018) 8(5), 1696-1707, 2018

研究背景

資生堂では1980年代から、化粧が肌だけではなく、心身に与える影響について、研究を始めました。2010年代からは、脳深部の計測が可能なfMRIを活用し、化粧品や化粧行為と人との関係性の本質を探究する研究を進めています。これまでの研究から、化粧には、肌を清潔に保つ、美しく見せるといった皮膚表面を整える機能だけでなく、心身にも重要な影響を及ぼすことが明らかになってきています。本研究では、化粧行為にとって欠かすことのできない「肌に触れること」に着目しました。

セルフタッチにより安心感を高め自己を確かめる脳の仕組みが明らかに

実験では、参加者が自身の右手で左手の甲を単純な動きでソフトに触れているときの脳活動の変化を、fMRIを用いて測定・解析しました。その結果、脳の複数の部位において活動の低下が観察されました。活動の低下した部位には、外界に対する注意や警戒、交感神経※3の活性化に関与する前帯状皮質(ACC)や扁桃体、血圧を上げる中枢が存在する吻側延髄腹側部(RVM)が含まれました。この結果から、自分で自分に触れることにより交感神経が鎮まり、外的な注意や警戒心などが和らぎ、安心感を得やすい状態になると考えられます。
また、自分で自分に触れた感覚の情報と触れられた感覚の情報は、左右の2次体性感覚野(SⅡ)に送られますが、左右の感覚野の同期性が高い人ほど、RVMの活動が低下することも分かりました。この同期性は、身体的自己を確かめる役割を担う部位でもある側頭頂接合部(TPJ)ともネットワークを形成していることが示されました。
緊張した時などに、気が付くと髪や頬に触れていたりすることがあります。このような無意識で自動的な動作には、自身に安心感をもたらすと同時に、自己を確かめ本来の自分に戻るという、自己を守るための本質的な役割があると考えられます。
毎日のスキンケアで自分の肌に触れることは、肌の健康を保つだけではなく、本来の自己を確かめる大切な役割を担っている可能性が示唆されました。

  1. ※3:交感神経は、自律神経の中で興奮の刺激を全身のさまざまな器官に伝える神経。交感神経が活性化すると身体活動は高まる方向へと変化し、具体的には心拍数の増加、血管収縮、血圧の上昇、瞳孔散大などが生じる一方で、腸の運動や粘液分泌は抑制される。

図1 大脳左右半球にあるSⅡの活動の時間的同期性が強ければ強いほど、RVMやTPJの活動もそれに強く同期することが確認された(左図)。とくにRVMの活動については、左右のSⅡの活動の時間的同期性が強いほど低下することが認められた(右図)

受動的タッチにより、安心感や皮膚感覚の入力を調整する脳の仕組みが明らかに

実験では、参加者が美容施術者により左手の甲を触れられたときの脳活動の変化を、fMRIを用いて測定・解析しました。触れる条件は、ソフトなタッチの範囲で快と感じる条件とやや不快と感じる条件の2種としました。
快と感じる心地よいタッチでは、愛や美などの情報処理に関わる眼窩前頭皮質(OFC)の活動が高まり、警戒や痛みなどに関わる前帯状皮質(ACC)の反応が抑制されることが示されました。
さらに、こうした他者から触れられる受動的タッチの情報は、快の評価に関与するOFCや不快の評価に関与するACCが協働して作用することで、下行性抑制系※4が作用し、心地よい条件では感覚入力が促進され、不快な条件では感覚入力が抑えられるという一種のゲート機能の仕組みが働くことがわかりました。
心地よく感じる他者からのソフトなタッチは、気持ちを落ち着かせ安心感を高めると共に、皮膚感覚の感受性を高めると考えられます。

  1. ※4:脳幹から脊髄に下行する抑制系ニューロンシステムによって、痛みの情報伝達をコントロールする疼痛抑制システム。中脳水道周囲灰白質(PAG)、吻側延髄腹側部(RVM)等のニューロンが重要な役割を担っている。今回痛みのないソフトなタッチにおいてもこの系が働いていることがわかった。

図2 受動的タッチの情報は、OFC(快評価に関与)やACC(不快評価に関与)が協調することによって評価され、その評価結果にもとづき下行性抑制系が作動しタッチ情報入力が脊髄レベルにおいてすでにコントロールされていることがわかった。(資生堂みらい開発研究所編著,「化粧の力の未来-コスメティック・サイエンスによる人と社会の新しい可能性」,フレグランスジャーナル社,2022,p66改変)

まとめと今後の展望

資生堂は、2030年に「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」として、生涯を通じて一人ひとりの自分らしい健康美を実現する企業となることを目指しています。現代社会において、心身共に健やかで美しい状態を維持することの重要性はますます増しています。
今回、「触れる」ことの本質的な意義を探求するため、脳深部の活動を捉えることのできるfMRIを用いた検討を行いました。その結果、自分で自分に触れることには、安心感を高めると共に自己を確かめる役割があること、他者から心地よく触れられることには、安心感を高めると同時に皮膚感覚の感受性を高めることが示唆されました。化粧行為に欠かせない「触れる」行為には、肌を表面から整えるだけではなく、自己を守り、豊かな感受性を育む大切な意義があると考えられます。
脳血流計測法などの手法を用いることにより、化粧品や化粧行為がお客さまの感情や行動に与える影響をより詳細に、定量的に捉えることが可能になっています。こうした技術を活用した研究を通じて、肌だけでなく心や身体、行動にまでよい変化をもたらすことができるビューティーソリューションの開発や提供を目指します。