クリームや乳液、リキッドファンデーション、ヘアコンディショナーなどの化粧品には、水や保湿剤のように水に溶ける成分と油分とを同時に配合することが求められることから、乳化技術は欠かすことのできない技術です。資生堂は独自の乳化技術の開発に取り組み、お客さまが求める使い心地やさまざまな機能の実現を目指してきました。
油と水のように互いに混ざり合わない2つの液体の一方が微粒子となり、もう一方の中に分散している状態を「乳化」といいます。乳化には、水が油分を取り囲む「O/W乳化」と、油が水分を取り囲む「W/O乳化」があります。
この乳化技術の開発には、油相と水相の配置の仕方、乳化粒子の大きさ、そして油相と水相の境界の構造の3つの観点があります。資生堂は、いずれの研究開発においても他社をリードし数多くの独自技術を開発、薬剤の安定配合だけでなく、外観、さらには製品の使用感触のコントロールが可能となり、これらを使い分けることによって様々なお客さまニーズに応えています。
資生堂が開発した最新の乳化技術からユニークなものをいくつかをご紹介します。
高い圧力をかけることができる高圧乳化機で乳化すると、乳化粒子を微細にすることができます。これに油と水の界面張力が低い状態を作りだす処方技術を合わせることにより、水の中に分散する乳化粒子(油滴)の大きさを従来の1/30~1/500(最小30nm)にすることができました。この技術により、保湿クリームと同じ処方で液状の化粧水を作ることが可能になりました。
まったく同じ処方の乳化物の外観です。左は従来の方法、中央は高圧乳化機で製造したもの、右は最適な組成を高圧乳化機で乳化し、さらに配合順序を工夫したものです。
透明度と共に粘度も低減させることができ、これにより同じ油水比でありながら、クリームから透明な化粧水まで、自由に剤形をコントロールすることが出来ます。
乳化粒子が微細化することで表面積が増加、それによりSAAがすべて界面膜に使われ、ゲルネットワークが形成されません。
分散している乳化粒子が大きいと水と油分が分離しやすいため、従来は乳化粒子をなるべく小さく(~50μm)作るように工夫されてきました。しかし資生堂は、乳化粒子を目に見えるほど大きくしながらも(最大4mm)、これを安定に保つ「リピッドシェル乳化法」を確立しました。
一般的には、乳化粒子を巨大化すると分離や合一などが起こり安定化は非常に難しいことですが、界面活性剤を用いず、粒子の外側に固形油分の殻(シェル)を作ることでこれを解決しました。
肉眼で乳化粒子が見えるという外観特長、今までにない塗布時の使用感の実現だけでなく、変質しやすい薬剤でもこの乳化粒子に内包することで製剤に安定配合することが可能となりました。
資生堂は、油に囲まれた水滴の中にさらに微細な油滴が取り込まれている「O/W/O型」乳化技術を実用化しました。このような乳化を「マルチプル乳化」といいます。肌に塗っているうちに感触が劇的に変化するなど、独特の使用感が特長です。
従来、油が水分を取り囲むW/O乳化は、水滴が合一しやすく安定を保つことが困難でした。資生堂は、さまざまな界面活性剤をスクリーニングした結果、水と混合することで「バイコンティニュアスキュービック液晶」を生成する界面活性剤を用いると、少量の油の中に多量(最大97%)の水を粒子として詰め込めることを発見し、これを「超高内水相W/O乳化」と名付けました。この製剤は、W/O乳化特有の油っぽさやべたつき感がないさっぱりとした使用感触と皮膚のうるおいや柔軟性を保たせる効果を与えます。
化粧品には水溶性高分子をはじめとする増粘剤が多く使われています。その機能としては、
連続相の粘度の調整
製剤の安定化
のほかに、
「さっぱりさ」「みずみずしさ」「ぬるつき」「べたつき」といった使用感触をコントロールする
といった目的があり、その性質は非常に重要です。
資生堂ではこれらに対して、新たな増粘剤の開発と感触の定量化におけるレオロジー的アプローチの2面から取り組んでいます。
ここではその具体的事例について紹介します。
一般的な増粘剤は直鎖・分岐状のポリマーであり、溶媒中で分子鎖が大きく広がり相互に絡み合うことで粘度が発現します。この場合、「リッチ・コク」といった使用感は得られますが、一方で、糸曳きが生じ、「べたつき」といった使用感となり、」「さっぱりさ」や「みずみずしさ」は得られません。
そこで、注目したのがミクロゲルによる増粘効果です。これは粒状のゲルがぎっしり詰まることで流動性を低下させ粘度を発現するもので、これを利用した「さっぱりさ」や「みずみずしさ」が得られる新たな増粘剤を開発しました。
ミクロゲルで高い増粘効果を得るためのポイントは、いかに粒子を微細化できるかです。そのために我々は、逆相マイクロエマルション重合法により微細な水膨潤性ミクロゲルを得ることにしました。
水-油-ノニオン界面活性剤の三成分系においては、低温ではO/Wエマルションが、転相温度を境に高温ではW/Oエマルションが形成されます。一方、この転相温度近傍では、界面張力が極限まで小さくなるため、弱い攪拌力でも自発的にごく小さな微細エマルションとなる領域が現れます。この相をミクロゲルの重合場として利用したものが、逆相マイクロエマルション重合法です。
このようにして得られたミクロゲルの水分散液はなめらかで且つみずみずしい感触となります。また、従来、みずみずしい感触を得るために使用されていた増粘剤であるカルボキシビニルポリマーとの比較でも、実用的な濃度領域においてより高い増粘特性を示すことが確認されています。
使用感触を物理的に捉え定量化することは、現象を正しく理解するだけなく化粧品開発の精度を高めていく上でも非常に重要です。
乳液やクリーム、ジェルといった製剤は、粘弾性を示す非ニュートン流体であり且つ加える力により見かけの粘度が下がる擬塑性流体の特性を示すものが多くあります。そこで、擬塑性流体を流動特性を表す経験式であるHerschel-Bulkley式を適用し、そのパラメータから感触を把握しようとする試みがこれまで行われてきました。
ここで、nはH-B指数と呼ばれ擬塑性流動性(シェアーシニング性)を表し、これまでの各種サンプルの測定値や官能評価結果の関係から「さっぱり」「みずみずしさ」といった感触を表す指標となることが分かっています。しかしながら、みずみずしいサンプル間の詳細な差の検出には課題が残ること、また「なめらかさ」「しっとりさ」「べたつき」といったその他の感触とは相関がなく、これらについても評価可能なパラメータが求められていました。
そこで我々は、複雑流体の硬さを評価する経験式Nuttingの式を導入し、そのパラメータを感触の評価指数とする試みを行っています。
Nutting式では、硬さを表すパラメーター「φ」が、時間「t」と応力「σ」との間に指数則が成り立つことを表しており、指数αは時間依存性の指標、指数βは応力依存性の指標です。例えば、時間依存性ない場合(α=0,β=1)はフックの式となり完全弾性体を、また時間に対し一次式が成立すれば(α=1,β=1)ニュートンの式となり粘体を現すといったように、弾性体と粘性体という対極に位置する物性を1つで表すことができます。
ここでは特性の異なる美容液6品において検証を行っています。その結果、使用感に関する官能評価項目を「五段階評価」で数値化したものと、Nutting パラメーターとの相関を検証したところ、「ぬるぬる感」「さっぱり感」「浸透感」との間に強い相関関係があることが分かりました。
方法:自宅使用テスト
実使用期間:9日間
対象:20~30代女性100名
テスト品:美容液6品(P~U)
使用方法:1人3品各3日間使用。朝晩、洗顔後手使用
アンケート:各評価項目に対して5段階評価(絶対評価)
このように、レオロジー手法を用いることで、美容液の使用感触にとって重要である「さっぱりさ」「べたつき」「ぬるつき」「しみこみ」の感触を定量化することができました。本手法を用い様々な粘弾性挙動を示す増粘剤を組み合わせることで、化粧品の感触をコントロールが可能となっています。
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