Q1.今後、企業経営に対してこれまで以上にサステナビリティが重視される中、資生堂の経営戦略ではサステナビリティをどのように捉えていますか。
私たちを取り巻く市場環境は、長期化する新型コロナウイルス感染症の影響や、気候変動による異常気象の発生などにより、先行きが不透明で将来の予測が困難になっています。さらに、テクノロジーの進化により、瞬時にさまざまな情報へのアクセスが可能となり、私たちのライフスタイルの変化に影響を与えています。その結果、人々のものの見方や価値観の多様化が進み、従来の画一的な豊かさや幸福の概念は、もはや一律のものではなくなってきています。
資生堂は2022年に創業150周年を迎えましたが、いつの時代も人々の笑顔や充足感、心の豊かさの実現のために、「美」を通じ、社会に貢献してきました。企業使命である「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(美の力でよりよい世界を)」のもと、2030年に向けて「美の力を通じて“人々が幸福を実感できる”サステナブルな社会の実現」を目指します。2022年より、資生堂グループ全体の広義な意味でのサステナビリティ戦略の策定・推進を担う機能を、チーフストラテジーオフィサーである私の指揮下に置くことで、これまで以上にサステナビリティを経営戦略の中心に据え、本業を通じた社会価値創出・社会課題の解決を促進させていきます。これは、資生堂がすべてのステークホルダーから、社会の一員として欠かせない存在であると認知され、事業を継続していくうえで必須の取り組みであると考えているからです。
Q2.資生堂が解決したい社会課題にはどのようなものがありますか。
資生堂は、創業以来、事業を通じて培ってきた「美」に関するイノベーションや価値創造により、人々の心の充足感・幸福感を高め、サステナブルな社会 の実現を目指しています。その実現に向けて、2019年に、ステークホルダーへのヒアリングおよび議論を経て、本業を通じて取り組むべき社会・環境課題を中心に18個のマテリアリティ(重要課題)を定めました。そしてそのマテリアリティに基づき、社会・環境領域において、それぞれ3つの中期目標・戦略アクションを推進しています。
社会領域においては、格差問題など社会の仕組みの課題だけでなく、従来の画一的な価値観による偏見や差別などの社会課題もあげられます。私たちは、ビューティーカンパニーとしての特性を活かし、主に日本やアジアにおいて重要課題となっている「ジェンダー平等」、資生堂が培ってきた研究や技術を通じて自分らしく輝くことに貢献する「美の力によるエンパワーメント」、そして、すべての活動の根底となる「人権尊重の推進」の3つを戦略アクションとして取り組んでいます。
環境領域においては、事業を通じた「地球環境の負荷軽減」として、CO₂の排出量、水資源、廃棄物に関する中期目標を設定し、削減に取り組んでいます。それに加え、直接価値をお届けすることができる製品においては、お客さまの求める機能価値・情緒価値の提供と環境配慮をともに実現させた「サステナブルな製品の開発」、そして、環境や人権に配慮した「サステナブルで責任ある調達の推進」の3つの戦略アクションを実行しています。
Q3.2021年の総括をお願いします。
2021年は、ブランド・地域事業・コーポレート機能が連携しながら、事業活動を通じてサステナビリティアクションを加速しました。サステナビリティ関連課題について専門的に審議し決議するSustainability Committeeに加えて、主要組織の実務推進責任者とともに実行における対応を議論・決定する会議を追加実施し、全社での推進体制をより強化しました。
社会領域においては、特にジェンダー平等・女性活躍に課題がある日本において、社長 CEOの魚谷が会長を務める「30% Club Japan」や地方自治体との協働等を通じ、日本企業の女性役員比率向上や女性活躍推進に向けた普及啓発・情報発信、職場環境づくりといった社会変革に取り組みました。社内向けには、女性リーダー育成のための研修だけでなく、女性役員と女性社員が直接キャリア開発について対話するメンタリングプログラム「Speak Jam」を開催し、キャリアや将来の悩み、社会における多様性の重要性について語り合い、社員の成長の後押しとなるプログラムを推進しました。また、人権尊重の責任を果たすため、人権デューデリジェンスを実施し「サプライヤー人権」「ハラスメント」といったグループ全体における課題を捉え、主要部門と連携した課題解決に取り組みました。
2022年からは、社内外のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を推進するチーフD&Iオフィサーを新たに設置し、異なる境遇や環境に置かれた人々が、お互いを尊重し、多様な美しさを共感できるダイバーシティを推進していきます。
(D&I戦略について、詳細はチーフD&Iオフィサーメッセージをご覧ください。)
環境領域では、「資生堂」という社名の由来でもある、地球への敬意に基づき、資源循環や地球環境の保全といった持続可能な価値創造を前提とし、全バリューチェーンを通じた環境負荷軽減やサステナブルな製品開発等の取り組みを推進しました。特に気候変動への対応として求められるCO₂排出量削減は、使用エネルギーにおけるCO₂排出量の抑制だけでなく、原材料の調達、水などの資源利用、商品設計に至るまで広範囲に及びます。当社は2019年にTCFDへ賛同しています。2021年にはTCFDの枠組みに沿って気候変動が事業活動に与える長期的な影響を定量的に分析し、脱炭素社会への移行および自然環境の変化によって引き起こされるリスク・機会について、分析結果と主な対応アクションを開示しました。CO₂排出量削減については、科学的根拠に基づいた目標設定を行い、「SBTイニシアティブ(SBTi)」より認定を取得し、事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーにすることを目指す「RE100に加盟しました。工場の敷地内などに太陽光パネルを設置するだけでなく、オフィスや事業所でも再生可能エネルギーの利用を進めています。
近年では、生活者の購買行動にも変化がみられており、生活者は成分や処方の安全面だけでなく、より一層社会や環境に配慮された商品を意識して購入していると実感しています。変化する社会環境やお客さまニーズに迅速かつ幅広く対応するため、2021年に、独自の研究開発(R&D)理念「DYNAMIC HARMONY」を新たに制定しました。その研究アプローチの1つである「Premium/Sustainability」では、人や社会や地球環境への尊重・共生と、効果や上質なデザイン、感触などから得られる満足感を両立させる、資生堂ならではのサステナブルな価値創出に挑戦します。具体的には、環境負荷軽減につながる原材料調達や処方・成分開発など、技術開発や社外との協業を積極的に行っています。また、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の考えに賛同し、容器の再使用を促すために、お客さまへの啓発とともに「つめかえ・つけかえ」商品の販売を中国および台湾の国・地域で開始しました。容器のイノベーションとして、リサイクルに適した単一素材容器、CO₂排出量の少ない植物由来の容器などを開発・販売するとともに、空き容器を回収し新たな資源として有効利用するリサイクルプログラムを日本だけでなく、中国やアジアで実施しました。
モノづくりに重要な調達に関しても、2022年2月には資生堂グループ調達方針を改定し、これまでに掲げていた調達理念や基本方針に加え、新たに「責任ある調達における方針」を設け、今まで以上に明確なリスク排除のプロセスや、サステナビリティ重視の方針を打ち出しています。
Q4.今後の展望を聞かせてください。
世界はかつてないほど急速かつ急激に変化しており、企業に対するサステナビリティへの取り組みの要請もますます強まっています。資生堂は創業以来、美を通じて、人々の心を豊かにする新たな価値提供を中心とし、社会の発展に貢献してきました。資生堂が次の100年先まで発展し続けるためには、これまで培ってきた企業文化や組織風土を根底に置きつつ、これまで以上に長期的視点で、事業を通じた社会価値の創出に取り組まなくてはなりません。150年目を迎えた2022年、私たちがこの社会で担うべき役割と果たすべき責任を明確にし、「美の力を通じて“人々が幸福を実感できる”サステナブルな社会の実現」に向けて、着実な歩みが必要であると考えています。
これまで大切にしてきた多様性を受容し尊重する精神と、D&Iに関する知見や学びを活かし、社内外で美の力によるエンパワーメントを推進し、一人ひとりが持つ自分らしさや能力を発揮できる包摂性の高い社会づくりに貢献していきます。特に、喫緊の課題である日本企業のジェンダー格差解消は、資生堂がリーダーシップを発揮し、社会変革に取り組みます。
環境領域においても、例えば気候変動は、自然災害や生物多様性、水資源などへの直接的な影響だけでなく、財務影響、人的資本のあり方、持続可能な調達などさまざまな観点で企業経営のあり方にも影響があると捉え、多角的に取り組んでいきます。また、お客さまのニーズに応えるサステナブルな製品開発・イノベーションは、美の力をお届けする重要なアクションと捉えています。
当社が2030年のビジョンとして掲げている“Personal Beauty Wellness Company”を実現するにあたり、今後、サステナビリティが企業経営に与える影響はさらに大きくなっていくと考えており、これを新たな成長機会と捉え、社内外の多様なステークホルダーとともに透明性高く、事業成長を通じて、社会価値創出に取り組んでいきます。
2022年4月