TRANSFORMATION
KEY FIGURES
2023年
グローバルEC売上構成比
35%
2023年
グローバルデジタル媒体費比率
90%以上
「FOCUS」の全地域導入・本格稼働
2023年
Q1.はじめにお二人の役割を含め、簡単な自己紹介をお願いします。
高野私は大きく2つの役割を担っており、1つはグローバル本社のチーフインフォメーションテクノロジーオフィサー(CITO)としてグループ全体のIT戦略の策定・実行、情報セキュリティの統括、もう1つは、日本地域のDXを担う戦略機能子会社、資生堂インタラクティブビューティー(株)(以下、SIB)の共同代表取締役社長です。グローバル本社のチーフデジタルオフィサー(CDO)のアンジェリカはグループ全体のDX戦略を担っており、それをIT基盤の面でサポートしています。これまでは、外資系企業を中心としたIT領域の責任者を担当してきており、2019年に資生堂に入社しました。
スギモト私はサンフランシスコ出身の日系二世ですが、キャリアのスタートは公務員です。以来、20年にわたって金融やビューティー企業でデジタル領域を経験してきました。2020年に資生堂に入社し、資生堂ジャパンのチーフデジタルオフィサー(CDO)に就任しました。SIBでは、DX本部長を担っています。
Q2.DXを実現する上で、資生堂が抱える課題はどのようなところにありますか。
高野まず、基盤面の課題が挙げられます。資生堂に限らず、日本企業に総じて言えることかもしれませんが、社内にレガシーシステムといわれる昔ながらのシステムが多数存在し、長らくこれらを部分最適で更新・運用してきました。各機能、バリューチェーン間の連動も十分ではなく、各リージョンのIT基盤整備もそれぞれで進めていました。早期からIT投資を積極的に進め、目まぐるしく変化する環境に迅速に適合してきた海外競合企業と比べると、当社は、環境の変化に対する機動性・柔軟性を欠き、データの連携・統合も困難な状況にありました。先行きが不透明な環境の中で、正しく事業環境を見極め、戦略を確実に実行するためには、このIT事業基盤を再構築することが喫緊の課題でした。そのため、あらゆる事業活動の迅速化・生産性向上を目指し、2019年11月から業務プロセスの標準化と統合基幹システムの構築・導入を通じた、業務変革プロジェクト「FOCUS」を立ち上げています。
また、体制上の課題もありました。資生堂では従来、外部パートナーへの発注を中心にシステム構築を行ってきましたが、外注依存度が高い中で機動性・柔軟性を上げるには限界があり、社内のデジタルIT専門人財も育ちにくくなります。専門人財の育成強化・獲得は、最重要課題だと考えています。
スギモト事業環境の変化という側面においては、コロナ禍の生活者の行動変化に対し、いかに適応していくかが重点課題となります。
新型コロナウイルス感染症拡大前は、人々は外出をすることで購買し、目にする看板や店員との会話など、さまざまなタッチポイントから情報を自然に得ていました。しかし、コロナ禍で外出機会が減少したことにより、取得する情報量も、また五感に対する刺激を受ける機会も減少しています。この状況は、人類が150万年前から行ってきた狩猟・採集スタイル、つまり自分から外に出て、物や情報を得るという本能的な行動にまで影響を及ぼしていると考えています。その結果、生活者はデジタルツールやプラットフォームを活用し、自分に合った情報を自ら取得しています。自宅など個の空間でのパーソナライズされた体験を求めるとともに、自分の創造性や存在意義を大切にしており、“mindfulness(今この瞬間を大切にする気持ち)” や “well-being(心身の健康・幸福)” などがキーワードになってきています。
化粧品でいえば、店頭に行き、ビューティーコンサルタント(BC)と話し、肌に触れられ、商品を試し、購入するという一連の行動が叶わなくなっています。私たちは、お客さまに「健やかな美」を享受していただくため、生活者の思考・価値観・行動変化に合わせた変革を遂げなくてはなりません。お客さまにかかわるデータを駆使し、一人ひとりに最適な、そして共創を感じる、新たなビューティー体験を提供していきたいと考えています。
Q3.資生堂はDXによりバリューチェーンをどのように変革しようと考えていますか。
SIB設立の意図も含めてご説明ください。
高野私たちが申し上げた課題を踏まえ、資生堂はDXビジョンを策定しました。「Global No.1 Data-Driven Skin Beauty Company」です。
お客さまの購買行動の変化を踏まえると、これまで以上にお客さまを深く理解し、一人ひとりにとって最適な価値を提供しなければなりません。顧客情報、購買動向、肌状態などの多岐にわたるデータを駆使し、これらに基づいた美容体験を提案していくことが必要であり、そのために、お客さまを基点に、研究開発から、調達・生産・物流、そしてマーケティング・営業までが一気通貫したデータでつながるバリューチェーンへと変革していきます。最適なタイミング・チャネル・方法で商品・サービスを届けるべく、需給動向や生産・物流などの情報もリアルタイムで連動させていきます。
こうした変革をスピーディーかつ集中的に実行するため、アクセンチュア社との合弁にてSIBを設立しました。お客さまにかかわるさまざまな情報を基点としてData-Driven Skin Beauty Companyとなっていくためには、マーケティング・営業を担う地域本社のDXが鍵となります。中でも、先行き不透明な環境の中で機動性・柔軟性に後れをとる日本地域のDXを最重要課題と位置付けたわけです。
SIBは、グローバル本社のITチームと、資生堂ジャパンのITおよびDXチームからメンバーを集めて、そこにアクセンチュア社の持つ高い専門性、知識と豊富な経験を組み合わせ、DXを加速していきます。SIBの成功が資生堂のDXの命運を握っているとも言えるでしょう。
Q4.SIBおよび資生堂ジャパンのDXについて、戦略や進捗について教えてください。
高野SIBの基本戦略として、ソーシャルメディア、ウェブサイト、Eコマース、お得意先さまの店頭、資生堂旗艦店といった、オンライン/オフラインを問わず、お客さまが訪れる場所、いわゆるコンシューマージャーニー(お客さまが購入に至るプロセス)を資生堂ならではの「おもてなし」につなげることで、テーラーメイドかつ時間・場所を問わない「最高の顧客体験」を提供していくことを目指しています。多様なブランドを持ち、さまざまなチャネルに展開する資生堂においてこれは容易ではありませんが、次の3つの観点で施策を進める計画です。
1つ目は「顧客データ」。さまざまな顧客データを、タッチポイントを横断して分析・活用していきます。2つ目は「トレーサビリティ」で、原料調達から廃棄までの環境面も含め、どのような物流・チャネルで商品・サービスがお客さまに届くかを可視化します。最後は「パーソナライゼーション」として、お客さまが本当に求める、一人ひとりに合った商品・サービスを提供し、真のテーラーメイド体験を実現していきます。
スギモトこうした考え方は以前から議論していたので、具体的な取り組みはSIBの設立前、2020年から始まっています。ここで私たちが大切にしているのは、バリューチェーンの視点ではなく、お客さま視点、コンシューマージャーニーをもとに施策展開をするということです。
まず、お客さまとのあらゆるタッチポイントでビューティー体験を提供できるよう、さまざまなプラットフォームを連動させると同時に、そのプラットフォームを最大限に活用した取り組みを進めています。2021年は、各ブランドサイトや総合美容サービスサイト「ワタシプラス(watashi+)」にて、年間を通じてBCによるライブストリーミングを実施し、高い評価を獲得しています。ウェブカウンセリングはデパートで活動するBCが実施しており、利用者数が増加し、平均80%以上の高い満足度を維持しています。スマートフォンやタブレット端末のカメラで肌を撮影するだけで肌分析ができる「肌パシャ」テクノロジーの活用や、メイクアップをAR表示するデジタル機能も大いに役立っています。資生堂最大の資産であるBCはこれらのデジタル技術を駆使した専門性の高いトレーニングを受けることで、「オムニBC」としてオフライン・オンライン関係なくお客さまとの接点を拡大しています。SIB所属のオムニBCは資生堂ジャパンの各BCにオムニ化を広げています。BCたちはライブコマースや1対1のウェブカウンセリング、セミナー形式や各種SNSのアカウント運営など、デジタルを通じて共感を生み出す場を広げており、お客さまをこちらからお迎えに行く力を手に入れています。BC自らインフルエンサーとなる効果は大きく、SNSでのリーチ数、インプレッション数に加えて、エンゲージメント(お客さまの反応)も大きく増加しています。
Eコマースについても、各ブランドの特性を活かしながらプラットフォームの統合を図るほか、専門店Eコマースプラットフォーム「Omise+」は、主要お得意先さまのオンラインサービスを実現しました。結果、2021年も国内化粧品のEコマース市場における資生堂のシェアはNo.1を維持しています。そして、こうした活動によって、お客さまに関する、多岐にわたるデータを直接得ることができます。このデータをもとに予測モデリングを行い、お客さま、お得意先さま、資生堂とで生涯にわたり顧客価値を共創する循環型モデルを構築していきます。
高野データについては、すでにそれぞれのデータの持つ価値や活用目的などを分析・整理し、各ブランドホルダーとデータの見方、考え方を共通化するほか、ブランドごとのマーケティングROI(費用対効果)を可視化するなど、データドリブンな意思決定を業務プロセスに組み込んでいます。さまざまな部門・立場のメンバーが、同じデータを見ながら、現状課題や次の施策展開の議論ができるようになり、マーケティングROIの向上に寄与し始めています。
そして、SIBの取り組みにおいて、もっとも重要なのは人財育成です。時間がかかる人財育成を高速化し、一気に高水準のケイパビリティにもっていくため、デジタルITの専門人財を集めて、集中的に育成していくことがSIB設立の大きな目的の1つです。アクセンチュア社のノウハウを取り入れやすいのはもちろん、タレントマネジメントをベースにキャリアパスを描きやすい環境であり、メンバーには多様なチャンスを提供していきたいと思っています。現在、15段階からなるスキルアセスメントを導入したほか、ダイバーシティの観点も重視した外部採用も積極的に行っており、2022年1月からはSIB固有の人事制度を導入しています。
Q5.中長期的な今後の展望についてお聞かせください。
スギモト資生堂は2030年のビジョンとして「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」を掲げています。新型コロナウイルス感染症の影響継続により厳しい状況は続きますが、やはり、ビューティーから得られるポジティブな感情を感じていただき、お客さまと長期にわたるエンゲージメントを深めていくことを最も重要視しています。そのためには、多様化するお客さまの価値観・生活様式にあわせて、商品やサービス、コミュニケーションをソリューションとしたデータドリブンを推進することが重要です。成分や効能だけでなく、使う場所や使い勝手も大切な要件になりますし、新たなプラットフォームの開発も必要だと考えています。資生堂単独ではできないことも多いので、お客さまやお得意先さまとの共創はもとより、異業種との連携も進め、日本全体のDX加速にも貢献できればと思います。
高野短期的には、SIBでは「WIN 2023」のゴールである2023年に向けたロードマップを描いています。
人財面では、220名でスタートした陣容を2023年には350名程度に拡大し、ケイパビリティについても上級専門職(スキルレベル15段階中8段階以上)の比率を現在の11%から30%以上に引き上げていく計画です。そして将来的にはSIBのデジタルIT人財の活躍の場を海外にも広げ、グローバル対応もできる人財育成を展開していきたいと思います。
システム面では、新しいマーケティングモデルを加速するためのデータ基盤の整備と高度化に加え、2023年までに「FOCUS」の全地域導入・本格稼働がターゲットです。
投資効率の改善も重要です。イノベーティブな取り組みには積極的な投資を行う一方、ケイパビリティ向上を通じて内製化を進め、また生産性向上や運用保守の最適化などを図ることで、2023年末までにFOCUSやDX以外の既存のIT投資費用を2020年度比で10%程度を削減し、効率化していく計画です。
こうした取り組みを迅速かつ的確に実行できれば、「Global No.1 Data-Driven Skin Beauty Company」に向けた新たな道筋が見えてくるはずです。SIBのフレームワークを使ってグローバルでのDX加速につなげていくとともに、よりスピードをあげるために、SIBだけでなく新たな形態でのDXも検討していくべきだと考えています。
実際、海外競合企業と比較すると、IT基盤やEC比率では後れを取っていますが、そこに単に追いつくのではなく、データに基づいた一人ひとりの「健やかな美」を提供することで、DXが競争優位となる企業へと成長していく考えです。
また、スギモトが日本のDXについて言及しましたが、これは多くの日本企業が考えていることだと感じます。さまざまな日本企業のCITO、CDOと対話をする中で、「日本を元気に、そして、日本のDXを底上げしたい」という声をよく聞きます。インフラの再構築も含め、経済界が協働していくことは不可欠となるでしょう。そのためにも、資生堂のDXは好事例となっていく責務があると思いますし、SIBを日本のDXを代表する企業にしていきたいと思っています。
2022年4月
資生堂のDXの道筋
関連データ(2021年)
資生堂グローバルでのDX目標
DX関連データ(資生堂グループ全体、2021年)
私は、2019年9月、新しく設立されたビジネストランスフォーメーション部の部長として資生堂に入社しました。入社後、これまでの経験・知見を活用しながら、わずか2カ月で、ビジネス変革プログラム「FOCUS」を始動しました。「FOCUS」とは、First One Connected and Unified Shiseidoを意味しており、私とCFOの横田さんがプログラムオーナーとして率いています。
新しく設立したビジネストランスフォーメーションチームは、適切なマイルストーンを設定しながらグローバルITプラットフォームの標準化に向けた設計と実装を推進しています。この新しいグローバルITプラットフォーム「FOCUS」は、標準化されたデータとプロセス最適化を提供する最高水準のシステムであると自信を持っています。現在の事業環境において、こうした機能を備えていることが必ずしも競争優位性とはなりませんが、すぐに対応しなければ、オペレーション上、高度かつリアルタイムのビジネス分析を実現できず、戦略達成の妨げとなる可能性があると考えています。
事業環境が著しく変化する中、グローバルでデータを活用する重要性はますます高まってきています。当社は2015年から多くの改革に取り組んできましたが、このグローバルデータ活用に係る取り組みはグローバル競合に後れを取っていたことは否めません。「FOCUS」により、このギャップを埋め、一気に世界トップレベルのオペレーションに押し上げていきます。具体的には、各地域と資生堂のビジネス機能を1つのシステムでつなぎ、会計、サプライネットワーク、生産、購買、マーケティング、人事などのあらゆるデータの一元化を図ります。より詳細かつ適切なデータに、世界中どこからでもリアルタイムにアクセスできるようにすることで、市場環境やお客さまの変化にいち早く対応することが可能になります。その結果として、「Think Global, Act Local」の考えのもと、より迅速な意思決定を実現していきます。また、このグローバル標準のシステムが、単純なシステム導入にとどまらず、それを活用する社員の働き方を変え、生産性の向上や価値創造への取り組み強化に結び付けることが重要だと考えています。
現在、各地域特性を考慮し、多くのデータや業務プロセス、システム、オペレーションを1つのエコシステムとして統合するという共通の目的のもと、本社と各地域のメンバーがグローバルに連携しながら、グローバル基幹システムの展開を進めています。2021年は、アメリカ、アジアパシフィック、欧州の3つの地域への展開を完了し、さらに他の地域への展開も継続中です。2023年には、中国、そして日本への展開も予定しています。
こうした「FOCUS」に係る設備投資額として、2020年から2023年の累計で500億円投資する予定です。「FOCUS」の導入により、業務プロセスの効率化や経営判断の迅速化を進め、今後の持続的な成長と中期目標である営業利益率15%の達成、そして資生堂のビジネス基盤をより強固なものへと進化させていきます。
2022年4月