医療従事者からの声
化粧は「オン(ON)」の時間を、自分らしく過ごす一助に
金髙 弘恭東北大学大学院歯学研究科
顎口腔矯正学分野 教授、頭蓋顔面先天異常学分野 教授(兼)、
歯学イノベーションリエゾンセンター異分野共創部門 部門長(兼)
東北大学大学院医工学研究科
先進歯科医工学分野 教授
東北大学病院
矯正歯科 科長、顎口腔機能治療部 部長(兼)
約20年前から、専門とする歯科口腔領域における口唇口蓋裂の患者の治療過程で、アピアランスケア※がQOL(生活の質)に及ぼす影響を、資生堂の美容技術者の方の協力のもとに研究してきました。現在は形成外科や臨床心理学の先生方とも協力して、アピアランスケアに対する患者の心理的効果を検証しています。
アピアランスケアは、口唇口蓋裂や血管腫、白斑、やけど、手術瘢痕などのある患者にとって、心理的な支えとなる重要な要素です。患者の多くは外見をカバーしたいというニーズを持っていますが、同時に現状を受け入れる心理的なケアも必要です。メイクアップをすることも、自然体でいることも患者自身が決めることですが、オン(ON)とオフ(OFF)の選択肢があることは患者に自信と安心感を与えます。
研究では、メイクアップ施術前後の自己肯定感を評価し、施術後に肯定感が高まることが確認されています。思春期の患者は、学校や日常生活の中で複雑な心境を抱えることも多いですが、アピアランスケアにより外見に対する不安が軽減されることは心理的指標で示されています。また、患者にとって施術中の美容技術者との対話は、医師や看護師、家族にも話しにくい悩みを相談できる貴重な場となっており、メイクアップは心を解放するコミュニケーションツールでもあると認識しています。
自分らしく過ごす選択肢の一つとして、メイクアップは心理的に大きな支えとなる可能性を秘めていると感じています。
※アピアランスケア:医学的・整容的・心理社会的支援を用いて、外見の変化に起因する苦痛を軽減するケア
がんとの共生、アピアランスケアが生きる希望に
北野 敦子聖路加国際病院
腫瘍内科 副医長
抗がん剤治療を専門とし、主に乳がん患者のサバイバーシップケア※に取り組んでいます。外見の変化によるQOL (生活の質)の低下に悩む方が多く、アピアランスケアの重要性を感じています。「脱毛(頭髪・眉毛など)」の他、「シミ」「顔色(血色感がない)」などの肌の色変化に対する悩みも非常に多いです。私は医療現場で、アピアランスケアを経験した方が再びメイクに挑戦し、笑顔になり、自信を取り戻す姿を多数見てきました。特に再発がんの患者は、治療が続く中で気落ちも大きく、外見ケアまで気が回らずに諦めがちですが、アピアランスケアを紹介することで気持ちの変化が芽生え、それが生きる希望につながることを実感しました。アピアランスケアは術後の患者が社会復帰していくための支援としてだけでなく、再発がんの患者にとっては残りの人生の質を高め、自分らしく豊かに生きることにも貢献できる意義を感じています。
当院では10数年前より、「ビューティーリング」という独自の外見ケアプログラムを提供しています。2023年から国のがん対策推進基本計画にアピアランスケアが明文化されたことは、医療現場での支援の広がりに寄与しています。医療現場だけでなく、企業との連携(美容技術者)や社会全体で役割を担うことが大切です。相談方法では、オンラインや対面、グループや個別などの選択肢があることが患者にとって利用しやすい環境につながります。
資生堂との乳がん患者に対する共同研究では、オンライン外見ケアアドバイスが肌やメイクの主観的満足度を上げるとともに皮ふ状態の改善やネガティブ感情の軽減、自己効力感の向上をもたらすことが確認されています。
これからもお一人おひとりの患者の悩みに寄り添い、適切なケアを提供し、がん患者の皆さんのQOL向上に貢献したいと考えています。
※サバイバーシップケア:がんの診断を受けた人々(がんサバイバー)が抱える身体的・心理的・社会的な課題に、寄り添って解決していくという概念
“社会で生きる”ことと外見ケア
坂本 はと恵国立研究開発法人
国立がん研究センター東病院
サポーティブケアセンター
副センター長
がん治療に伴う外見の変化やケアのことを考えるとき、必ず思い出す患者さんがいます。
出会った当初は、「発病前、ノーメイクに近い状態で出勤していた私が、ある日を境にお化粧とウィッグをして出勤するなんて、周囲にどう言われるのかと思うと不安で仕方ない」と繰り返していましたが、今では「私は治療をきっかけにイメージチェンジしたんだと思っています」と話されるとともに、「身体が生かされていても、社会の中で生きていると実感できなければ、本当の意味で生きているとは言えない。人は誰かとつながって初めて生きていると実感できるんだもの」と、外見の変化を上手にケアしながら社会とつながり続ける意義を語ってくださいます。
今や治療の副作用による皮ふ障害は30種類を超える時代です。今後ひとりでも多くの方に、外見ケアは友人や職場といった社会との関係を維持し広げるための重要な役割であることを知っていただくとともに、ご活用いただけることを願ってやみません。
いつもの表情を取り戻していただくために、外見変化を気にすることでやりたいことをあきらめないためにも、化粧によってカバーできることを多くの方に知っていただきたいと思っています。