ブランドイノベーション改革の成果
資生堂のブランドイノベーション改革は、着手から4年が経過しました。この改革の発端は、私が研究開発(R&D)の責任者に就任した当時、「潤沢な研究成果を十分にブランド成長や生活者価値に結び付けられていない、研究成果が短期視点で小粒になっている」と強く感じたことにあります。
そのため、2021年からの4年間は、資生堂ならではのアプローチを導き出した、研究開発理念「DYNAMIC HARMONY」の制定をはじめ、生活者インサイトを捉えた中・長期での基礎研究の重視、研究開発機能・体制の整理などの変革に注力。研究開発とブランドとの一気通貫体制のもとイノベーションを加速し、「SHISEIDO」「クレ・ド・ポー ボーテ」「NARS」「エリクシール」などで大ヒット商品、ヒーロー商品を生み出しており、着実に成果が生まれています。
主たる取り組みとしては、まず戦略面で、Skin Beauty、Sustainability、Future Beautyという3つのイノベーションの柱と、「脱単一カルチャー」というアプローチからなる「2030 R&D VISION」を策定しました。この戦略に基づき、研究領域の選択と集中を進めた結果、研究テーマが2倍程度効率化・骨太化され、ヒット商品を支えるサイエンス/テクノロジー(S/T)の創出が進んでいます。
2030 R&D VISION
- 生活者の期待を上回り、競合優位性の高いイノベーションを継続して生み出すR&Dに
生まれ変わる - 循環型の価値づくりでサステナブルな社会の実現に向け業界をリード
- 化粧品に次ぐ新領域・新カテゴリーに挑戦し、新たなビジネスを創出
- グローバルで優秀な人財が集まる研究開発体制を創る(脱単一カルチャー)
We are the engine of BEAUTY INNOVATIONS.
また、資生堂のフィロソフィーである化粧文化の創造を目指し「小さな池の大きな魚」を増やすことで、多様化するニーズに対応する素地が整いました。
体制面では、「脱単一カルチャー」の指針に則り、マサチューセッツ総合病院皮膚科学研究所(CBRC)や弘前大学などのアカデミア・研究機関、アクセンチュア株式会社、日本電信電話株式会社、株式会社東レリサーチセンターなどの異業種、バイオベンチャーなどとの外部連携を強化しており、研究成果などに結実しています。また、世界5カ所のリージョンイノベーションセンター(RIC)の役割明確化・権限移譲を進めるほか、日本の研究開発拠点「グローバルイノベーションセンター(GIC)」の一部を2025年1月に刷新、生活者や外部機関・団体との共創、グローバルでイノベーションを支える研究員の進化による革新的な価値創出をさらに加速させていきます。
KPIと進捗管理の進化
こうした戦略の進捗を可視化するため、2023年には「2030 R&D VISION」に基づくKPIを体系的に整備しました。これらのうち、特にアウトプット指標は、投資対効果を測定する上での重要指標です。研究成果とビジネスへの影響、環境・社会課題への対応、将来のイノベーションの種である知的財産の観点を組み込んでおり、外部にも進捗を共有すべく開示することとしました。
アウトプット指標の進捗
項目 | 目標 | 2024年 | KPIの概要 | |
---|---|---|---|---|
骨太なS/Tの 研究成果 |
コーポレート横断S/Tの 創出数 |
2件/年 | 4件 | 最重要戦略であるS/Tの創出状況を測定 |
ビジネス成果 | 重点カテゴリーにおける 新製品シェアNo.1数 |
(ブランドごとに 都度設定) |
100% | 重点カテゴリーにおける特定ブランドの市場における新商品のシェア |
サステナビリティ | サステナブルな容器への 切り替え |
100% (2025年) |
2025年中に 開示予定 |
プラスチック製容器について |
知的財産 | 戦略領域の特許出願比率 | 50%以上 | 94% | 戦略領域へのフォーカスとイノベーションの多様性を測定 |
海外特許出願比率 | 70%以上 | 72% | 高い海外売上を支えるための知財指標 |
当該KPIの設定により、戦略への整合性を重視しながらPDCAを回す仕組みが確立できています。2024年は、いずれの項目も着実に前進しました。特に、骨太なS/Tの研究成果として、年2件以上の案件創出にコミットしたことは、研究開発事例の創出や知的財産の見える化の充実にもつながっており、大きな進歩だと捉えています。
今後の戦略の方向性と注力事項
この4年間の進捗を踏まえ、改革フェーズは完了したと捉えています。今後は、計画を確実かつ機動的に推進していく成果創出フェーズであり、戦略としては次の4つを重点課題と定めています。
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①コアビジネスの強化
骨太なS/Tでの成果をブランド価値・事業成長に直結させ、価値を創出し続けることが要諦です。そのため基礎研究の成果であるS/Tを2つに分類し可視化しました。1つ目は、ブランドごとにコアとするべきS/Tです。具体的には、「SHISEIDO」では免疫や血管、「クレ・ド・ポー ボーテ」では肌知性などが該当します。ブランドごとに差別化された強みとなる研究知見を特定することで、ブランドごとの価値最大化を図ります。もう1つが、コーポレート横断で活用していくS/Tです。具体的には、基礎研究の蓄積が豊富な、たるみ、シワ、シミなどに加え、サンケアやフレグランスなどが該当します。複数のブランドに幅広く活用することで、事業価値全体を底上げします。
コアビジネス強化に向けたDXでは、化粧品開発デジタルプラットフォーム「VOYAGER(ヴォイジャー)」を2024年2月から本格稼働させています。ここには、独自のアルゴリズムを用いた処方開発AI機能を搭載しており、AIとの共創による革新的な価値創出と共に、開発期間の短縮による生産性向上の双方を同時実現して行きます。
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②新領域の事業化
将来の柱となる事業創出に向け、今後は、サイエンスとビジネス実装とをつなぐ、その道筋を確立します。インジェスティブルビューティー(食品等)、美容機器、再生医療といった領域は研究を続けるものの、最優先に取り組むのが「Beauty Wellness Diagnosis(ビューティーウェルネス検診)」です。「肌・身体・心」のつながりに関する独自のサイエンスを強みに、2024年からは東京大学と包括連携を行い、脳機能の可視化による肌・身体・心の予防価値の研究を進めます。生活者と共創しながら研究成果を早期に価値に転換するために、2025年1月に、Shiseido Beauty Parkをオープンし、その1つのコンテンツである、Shiseido Beauty Diagnosis Lab.にて、美のカルテと象徴的なカスタマイズ体験の提供を開始しました。今後はサービスを受けられたお客さまからの声によってさらに進化していきます。
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③グローバル規制への先行対応
今後数年内に、サンケア、フレグランス、マイクロプラスチック関連をはじめ、さまざまな欧州・米国での薬事・環境規制が予定されています。これらの規制について、規制対応部門と研究部門が連携したグローバル体制を構築し、先んじて対応をとっていきます。リスクの顕在化を早期に察知し、使用性、安定性、コストなどの課題を抽出し、先行した対策を進めることでビジネスリスクを最小化するとともに、事業活動の生産性向上・スピードアップを図ります。
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④サステナビリティ
サステナビリティでは、Premium/Sustainability(付加価値(こだわり)と環境対応・共生)という「DYNAMIC HARMONY」のアプローチのもと、外部との連携を強化し活動を加速します。クリーン処方ライブラリー
を進化させるほか、ちとせグループとの協働による藻類由来の新循環型原料の開発などを加速させていきます。
主な研究開発事例
下記研究成果を「HAKU」「クレ・ド・ポー ボーテ」「SHISEIDO」の商品開発に応用しました。
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シミ特有の細胞老化現象の解明<IFSCC
イグアス大会2024で最優秀賞を受賞>
世界でも未開拓であったシミの発生~定着のダイナミクスに着目し、メラニンの過剰蓄積によるミトコンドリア代謝の低下と細胞老化というシミ特有のプロセスを解明。同時に、シミの悪化・定着環境を改善する実効薬剤を開発しました。
IFSCC最優秀賞を受賞した
井上大悟研究員(右) -
匂い結合タンパク質と肌の健康・美しさの新メカニズムを解明
五感を刺激する物質と肌との関係を研究しており、鼻に存在するOBP2A
がヒトの肌でも発現し、匂いなどの低分子から肌を守ることを発見。OBP2Aの発現を高める成分「フランス産ホワイトリリー花エキス」も見出しています。
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ツバキ種子発酵抽出液に皮ふの老化細胞除去の可能性を発見
CBRCとの共同研究により、皮ふの免疫細胞の一種であるCD4 CTLが老化細胞を除去する新メカニズムを解明するとともに、CD4 CTLへの誘引に影響があるツバキ種子発酵抽出液を見出しました。
今後の抱負
イノベーションを生み出し続けるべく、今後の成果創出フェーズでは「実行力」にこだわります。そのため、組織風土に関しては、創造力、専門性、多様性という3つを重視した制度・施策を整備し、組織としてのガバナンスを再構築することで、実行力を高めていきます。ご説明したKPIによる投資対効果の可視化やAIの活用加速、守りから攻めに転じた規制対応についても、こうした実行力向上をドライブする取り組みと言えます。
「2030 R&D VISION」において、私たちは、生活者の期待を上回る高付加価値を提供するため、ビューティーイノベーションにおける「エンジン」となることを標榜しています。今後も生活者インサイトと基礎研究を重視し、創出される骨太なS/Tをアートとつなげる、資生堂独自の価値を可視化し、日本を代表するグローバルカンパニーとなること――。その実現に向け、私たちは、全社の強力なエンジンとなるべく進化を続けます。
資生堂の知財戦略の特徴
資生堂では、世界屈指の研究技術を独占・優位に活用し、ブランド価値向上につなげる知財戦略を、重要な経営テーマと位置付けています。知財戦略には、資生堂の付加価値技術を独占する側面と、有用な技術を資生堂に取り込む側面があり、これら両面で、知財部門と研究部門が研究早期から密に連携して質の高い特許を創出する知財活動を行っています。
2021年から始まったブランドイノベーション改革を通じ、研究部門では注力領域を特定しており、これにあわせて知財戦略も注力領域への集中を図っています。結果、特許出願総件数は増加させていないものの、質と効果は格段に向上しています。こうした変化は、「知財競争力」と「知財ROI」という2つの指標で見ることができます。「知財競争力」
は、技術的価値と市場カバー力にて算出するもので、グローバル競合他社と比較して高い成長率を示しています(図1)。「知財ROI」
では、資生堂の知財は高い費用対効果を生んでいることが分かります(図2)。
こうした特許分析は、領域の価値評価や戦略構築にも活用しています。例えば、競争の激しいサンケア領域で資生堂は、「サンデュアルケア技術」などの特許出願の強化を通じ、強固な特許網を構築しています。結果、技術的価値は高水準かつ拡大基調にあります(図3)。サンケア領域では、基幹技術が生活者価値につながりやすく、強固な技術・知財基盤により、今後の安定的な事業成長を期待でき、スキンケアやメイクアップ領域でも、同様の取り組みを遂行中です。
(2015年比2023年実績)

(2023年実績)

【図3】サンケア領域の
知財ポジショニング分析
