パラ陸上選手 重本 沙絵 × 女優 吉岡 里帆
【吉岡里帆さん×アスリートのシリーズ対談】
吉岡里帆さんが若きアスリートの「いい顔」に迫る連載企画。今号は、パラ陸上の重本沙絵選手。芯の強さがにじみ出る美しき表情は必見です!
最初は陸上をなめていた
小学生のころから健常者に交じってハンドボールをされてたんですよね。しかも高校時代には高校総体でベスト8に入られて。ものすごく努力を重ねられたんじゃないかなと思います。
中学生になってハンドボール部に入る時、顧問の先生から「何も特別扱いしませんよ」と言われて、それがすごくうれしかったんですね。この先生ならがんばったぶんだけ認めてもらえると思って。でも小学生の時と比べてボールの大きさが変わったり、スピードが速くなったりして、全然キャッチできなくなってしまい…。まず壁に投げて、戻ってくるボールをキャッチするという練習を1年くらい続けました。
血のにじむような努力ですね。その結果、スポーツ推薦で大学に進まれたそうですけど、途中でハンドボール部の監督からパラ陸上への転向を打診されたんですよね。その時はどういう心境でしたか?
最初はショックしかありませんでした。それまで普通に生活してきて、髪の毛も靴紐も結べるし、ハンドボールでもスターティングメンバーで試合に出ていたのに、どうしてパラスポーツを勧められなきゃいけないんだろうって。その時にいろいろなパラスポーツの映像を見て、健常者とパラの両方の大会で活躍する卓球選手の存在を知り、まず心が動いたんですね。それに将来は体育の先生になりたいと思っていたので、さまざまな世界を見ておくべきじゃないかなって。それじゃあちょっとチャレンジしてみようかなと思ってはじめました。
パラ陸上の走り幅跳びなどで活躍する山本篤選手の姿を見たことも大きかったそうですね。
はい。山本選手のジャンプを見た時にカッコいいなと思ったんです。私自身障害を持ちながら、それまでパラスポーツに対して先入観のようなものを持っていて、それが一瞬でひっくり返されました。涙が出そうなくらい感動して、私も表彰台のてっぺんに上がってみたいなと思いましたね。
パラ陸上に転向して、すぐに楽しさは見出せましたか?
いえ、全然(笑)。陸上の「り」の字も知らなかったので、初めはタイムなんて簡単に縮められると思ってたんです。ちょっとなめてたんですよね。でも実際に走ってみたら、1秒どころか0・01秒を削るのもこんなに難しいのかって。そこから少しずつのめり込んでいきました。あとはもう無我夢中というか。
でも転向された後、短期間で結果を出されてますよね。パラ陸上への転向を打診された翌年、2015年には世界選手権の100mで6位。16年は日本選手権で100m、200m、400mの3冠を制覇されています。国際大会でも大活躍されて、驚異のスピードで進化されてると思いますけど、そうやって成果を上げることができた理由は何だと思いますか?
11年ほど続けてきたハンドボールを辞めるのは、やっぱり葛藤もあったんです。でもパラ陸上をはじめたからには、しっかり結果を出そうと思ったことが1つ。あとハンドボール部のチームメイトが「離れていてもチームメイトだし、沙絵ががんばるなら私たちもがんばる」と言って、背中をポンと押してくれたんですね。そういう人たちのために、結果で恩返しがしたいなと思って。
なるべく自分に素直でいたい
100m、200m、400mで日本記録をお持ちですけど、100mと400mとでは別の競技と言っていいくらい、考え方や体の動かし方も違うんじゃないですか?
全然違いますね。100mは12、13秒という短い時間で勝負がつきますけど、その一瞬の間にやることがたくさんあって。スタートして、前傾姿勢を保ちながら加速していって、加速する中で足をさばいて……やることが次々にあるのが私にとっての100mです。一方で400mは駆け引きができる種目で、全力ではあるんですけど、100mのようには走らないですね。ほかの選手の走りを見ながら、最後にエンジンをかけて、どれだけ苦しさに耐えられるか。400mはただただ苦しいです(笑)。
記録を更新して、さらに大きな大会に出場していく中で、ご自身のテーマや目標はどう変わってきましたか?
この4年間は毎年大きなイベントがあったので、ひとつひとつ目標を達成していくことが一番大きかったです。でもそれ以外にも「応援してるからね」とおっしゃってくれる方がいたり、私のように障害がある方からも「パワーをもらえた」と言っていただいたりして、そういった方たちに何かを伝えられたらいいなと思いながら、今は毎日を過ごしています。
本当にたくさんの人たちに勇気と希望がダイレクトに伝わってると思います。過去のインタビューで「1人の人間としての自分も表現したい」とおっしゃっていて、私も表現に携わっているからか、すごくグッと来ました。その生き様が強くてカッコいいなって。日ごろから大切にしていることは何かありますか?
自然体でいることですかね。悲しい時は泣くし、嬉しい時は大騒ぎするくらい喜ぶし(笑)。素直でいるのが一番楽だと思います。競技に関しても、素直でいるとアドバイスをスッと自分の中に落とし込めるんですね。だからなるべく素直でいたいです。
素直な自分を出すことがある意味難しい時代ですけど、それでも自分らしく進んでいく重本さんを尊敬します。自分もそうありたいなって。
そんな照れちゃいます(笑)。ありがとうございます。
苦しむ覚悟はできている
今、一番乗り越えたいと思っているものは何ですか?
一番は自分自身との闘いです。勝ちたい相手や出したいタイムというものもあるんですけど、その前に自分が「もう無理」と思ったら、決してそこに辿り着けない気がして。自分で自分の限界を決めずに、「もう無理」と弱音を吐いてしまいそうな時でも「もう一声」と思って、自分自身との闘いを制したいと思っています。
大きな国際大会ではおそらく重圧を感じることもありますよね。
そうですね。でも重圧を感じるのも、私だけの特権だなと思えるようになってきました。苦しむ覚悟はできているので、なんだったらバカみたいに楽しんじゃえって思います(笑)
「苦しむ覚悟はできている」ってめっちゃカッコいいですね! 1人のアスリートとして、どんな結果を残したいですか?
結果はついてくるものだと思っているので、そこまでにどれだけ準備ができたか、どれだけ自分の限界を乗り越えられたかが大事なのかなって。常に諦めない選手でいたいです。自分の夢に対して貪欲でいたいと思います。
本当に素敵です!
いえいえ(笑)。逆に私も質問させてもらっていいですか?
はい、もちろん。
私たちは大会ごとに明確なゴールみたいなものがあるんですけど、女優のお仕事は私たちから見るとゴールのようなものがはっきりないのかなって。何をモチベーションにしてお仕事をされてるんですか?
私はこの仕事と出会えて本当に幸せだと思っているんです。大勢の人といっしょに1つの作品を作って、もちろんそれが観る人にうまく届かない時もあるんですけど、ちゃんと届いた時の感動は何にも変えられないというか……「元気をもらいました」とか「面白かったです」とか、そういった一言を聞いた時にすべて報われるような感じがします。だからただただ「届け!」と思っていて。
そうなんですね。すごい!
重本さんが400mが苦しいとおっしゃっていたのとのといっしょにしていいかわかりませんが、大きな作品で大役をもらったら私もすごく怖いですし。通ずるところがたくさんあるかもしれません。
資生堂クロストーク「ONE ON ONE」