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女子マラソンのパイオニア、松田 千枝が描く“歓走”の世界

「女子マラソンのパイオニア」と言われている、元資生堂社員 松田千枝さん。現在の『資生堂ランニングクラブ』が発足した前年の1979年に初開催された東京国際女子マラソンの招待選手50名(日本人32名、外国人18名)の一人として参加。その後60歳まで、東京国際女子マラソンを走り続けた大会のレジェンドです。

「女性は42.195㎞なんて走れない」と考えられ、1979年まで女性のためのマラソン大会が存在していなかった事が信じられないほど、女子マラソンはこの40年で競技人口、大会規模ともに拡大しました。今では、日本初の女子プロサッカーリーグ『WEリーグ』や、『JLPGA(一般社団法人日本女子プロゴルフ協会)ツアー』などで、多くの女性プロスポーツ選手が活躍しています。松田千枝さんは、実に40年以上前から、マラソンだけでなく、女性スポーツ全般における、パイオニア的存在です。

夫の松田泉さんに勧められて27歳で始めたランニング。仕事も子育ても忙しい中、肌ツヤが良くなり、家の中でも明るい話題が増え、「これは、走る事で毎日が変わるのでは!?」と感じたところから、松田千枝さんのランナー人生は始まりました。現在74歳。ゆっくりながら今でも毎日走り続けているという松田千枝さんに、これまでの歴史とその想いについて、コーチとして松田さんを支え続けてきた夫の松田泉さんと一緒にお話を伺いました。

「この道は二度と走れない」30年間駆け抜けた道

松田千枝さんと東京国際女子マラソンの歴史は、切っても切れない関係にあると思います。2008年、60歳で迎えた最後の東京国際女子マラソンは万感の思いだったのではないですか?

千枝)いろいろとこみ上げる思いがありました。「この道はもう二度と走れないんだ」と、一歩一歩を大切に走りました。実はその前年の2007年大会では、制限時間を超えてリタイアになってしまったのですが、最後の2008年大会は一歩一歩噛みしめながらも余裕を持ってゴールする事ができました。
1999年の第21回大会から娘と一緒に参加していたのですが、第27回に一緒にゴールした事も感慨深い思い出です。娘は「最後追い抜いていいのか迷った」と言っていました(笑)結果的に万歳して一緒にゴールする事ができました。

全30回開催された東京国際女子マラソン大会に27回出場し、「大会の顔」として親しまれていたそうですね。

千枝)年を重ねると練習すら難しさが増して、タイムが落ちていきます。その中で「私はなんのために走っているんだろう」と考え始めました。第1回から20年間、東京国際女子マラソンに冠協賛していた資生堂の社員として、「私だけができる事」は何なんだろうかと。
その結果、『歓走』という言葉、表現に行きつきました。「外見だけではなく、内面から滲み出る、喜びが溢れる走りを表現したい」と考えました。見ている人が「私も走ってみようかしら」と思っていただけるのではないかと考えたのです。

『歓走』というのは素晴らしい言葉ですね。

千枝)ただ単にタイムだけではなく、走る姿や走る事への姿勢を通じて、見る人に感動を与えたり何か感じてもらえるような強い力を持ちたいと考えていました。
走る姿の美しさもありますけど、それだけではない精神的なものがパフォーマンスとして見える事を大切にしていました。

『歓び、走る』という事

タイムだけではなく、『歓走』を目指し始めた直接のきっかけは何だったのでしょうか?

千枝)48歳の時に2時間40分を切ろうと頑張ったのですが、調整で無理をしてしまった結果タイムが出ませんでした。タイムを狙って走っても、若い選手たちには敵わないわけです。その時から徐々に目指すものが変わってきました。

『歓走』の精神は非常に共感します。多くの人に感動が伝わっているのではないでしょうか。外面から見た美しさという点では、なにか意識されていた事はありますか?

千枝)私が走り始めた時には、まだ資生堂ランニングクラブは発足したばかりで、正式なユニフォームがありませんでした。「少しでも資生堂らしく」と、資生堂のシンボルマークとして使われていた椿柄のTシャツで1979年大会に出場しました。その後、著名なデザイナーや画家などさまざまな方のご協力をいただきながら、東京国際女子マラソンに出場する時のウェアを毎年変えて出場しました。

ウェアのデザインはどのように決めていたのでしょうか?

千枝)その頃、資生堂では商品企画の仕事を担当していたのですが、商品化を検討するサイクルは大体一年だったんです。東京国際女子マラソンも年に一度開催される大会。自分を商品として考え、来年はどう新しい表現をしていくのかを考えるのが楽しかったですね。会社もすごくサポートしてくれましたし、外部からも「こんな形でプロデュースしたい」という提案をいただいたりもして、毎年新しい表現に取り組む事ができました。

東京国際女子マラソンの冠スポンサーというだけでなく、社員の松田さんがまた違う形で「美」を表現した事は、資生堂にとっても印象的な取り組みだったのでしょうね。

妊娠中も走り続ける。自分の身体と向き合う大切さ

松田さんは、2人のお子さんを出産された後も走り続けられています。妊娠・出産期などのトレーニングはどうされていたのですか?

千枝)実は2番目の子の出産時には、出産の前日まで走り続けていたんです。お医者さんに相談したら、「前例はないが、あなたの身体から「無理」という反応がないのであれば、大丈夫じゃないですか」という返答があり、勇気をいただきました。

自分と相談し、ゆっくり走る日も作ったりしながら、それでも毎日ほぼ10㎞を走っていました。臨月になっても、「せっかくここまで走ってきたんだから」と思って継続していましたね(笑)

お腹が大きくなっても走るというのは、なかなか想像できないですね。

泉)妊娠は病気ではないのですから、自分の身体の様子を見ながらやっていけばいいのではないかと思っていて、私も一緒に走ったりしてサポートしていました。私は4人兄弟なのですが、実際に私の母も兄弟を妊娠している時でも子育てや農業をしていましたので。

「自分の身体と相談する」事が大切なのですね。

泉)無理は禁物ですが、ちょっと冒険してみる事が必要です。その後の身体のダメージがどの程度であるかを感じながら、「これなら大丈夫だな」「よし、もうちょっとやってみるか」と思う感覚が大事です。

千枝)妊娠中に関わらず、私が大事にしていたのは、栄養と休養ですね。これらが不足すると、体力だけでなく心まで悪い影響が出ると感じていました。

2番目の子を妊娠した頃、ニューヨークシティマラソンでゴーマン美智子さんが優勝され、「そろそろ日本の女性も長い距離を走る時代が来る」と感じていました。私自身もその頃30㎞の大会に出場していて、男性の募集枠しかなかった青梅マラソン(30㎞)にも男性のふりをして出場していたんですよ。出産や子育てで大変でも「女子マラソン大会が一般的になる日まで頑張ろう」と決めていました。
ただ、妊娠中の運動可否は個人差があるので、今走ってもいいのか悩んでいる方には、お医者さまへの確認が大切なことを改めてお伝えしておきます。

自然な動きを手に入れ、変化を楽しむ事。

27歳で走り始め、74歳の今でも走り続けられているのは、夢のような事だと思います。スポーツを長く続けていきたい!と希望する方に対して、アドバイスはありますか?

千枝)「身体の動きを、できるだけ自然にしていく」という事が大切だと思います。歳をとっても、今まで使えていなかった部分が使えるようになれば、身体の能力を向上させる事が可能です。私が現在自宅で行っている体操教室では87歳の方もいらっしゃいますが、シャンとしていて、とてもきれいに動かれています。

「自分の身体はたくさんのパーツで繋がっているんだ」という意識を持ちながら、できるだけいろいろなところを動かして小さな部分同士の協調性が生まれてくる事で、少々体力が落ちたとしても、それほど苦もなく身体が動くようになると考えています。

「自然な動きをしましょう」というのは、なかなかできそうでできない事ですよね。

千枝)ゆったりしていて、楽な状態を作る事を意識するのが大切です。
加えて、他人と比較しない事もポイントです。「できない自分でよい」と理解し、できない中でも少しずつ可能性を広げていく事に喜びを感じるようにします。自分を受け入れながら、「自分が変わっていける事」に、喜びを感じながら取り組んでいく事が大事なのです。
そうすると、身体の外側も内側も自然で楽な状態になり、よりいっそう、その人らしく、美しくなっていけると思います。そういう状態が一番楽しい生き方ではないかなと思いますし、そうした自然体の身体や心を作っていくお手伝いをしたいと思って体操教室を開催しています。

資生堂の『アクティブビューティー』の考え方にもつながる美しさのあり方ですね。

千枝)小さい事を積み重ねていくと、ふと「自分もここまでできるようになったのか」という、感動が生まれます。そういう喜びを感じながら、コツコツとやる事が大切です。

泉)遠い先の目標を持つという事も大事なのですが、今、千枝が話をした通り、日々のちょっとした違いを感じ取る事が本当に大事なんです。毎日コツコツやる中で、微妙な違いや反応に意識を集中する事によって、変化を楽しみ、継続する事ができるようになるはずです。他人は関係なく、自分の中に多くの発見があり、それが喜びにつながります。

運動だけでなく、すべての事に通じる話ですね。特に自分の身体は日々の変化を感じやすく、そういう意識を持つ事で外側からも内側からも美しくなれるのだと思いました。本日は貴重なお話をありがとうございました!

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