特集記事

女性アスリート特有の健康問題 「三主徴」(エネルギー不足・無月経・骨粗鬆症)

近年、女性アスリートの競技力向上とその活躍にはめざましいものがあります。日々の激しいトレーニングの積み重ねと言える一方で、女性アスリート特有の健康問題が国内外で注目されています。また、これらは一般女性の健康問題の背景にも共通する点があるようです。今回はこれらにフォーカスしたお話となります。

専修大学スポーツ研究所 相澤勝治教授に聞きました

相澤 勝治氏 プロフィール

1975年宮城県生まれ
専修大学教授
専修大学スポーツ研究所所員
専門は運動生理学、体力医学、
スポーツ医学。

スポーツ庁委託事業・平成27年度女性アスリートの育成・支援プロジェクト「女性スポーツにおけるトランスレーショナルリサーチの実践プログラム」ではプロジェクトリーダーを務め、女性アスリートの三主徴(エネルギー不足、月経異常、骨粗鬆症)の問題をスポーツ医科学的な視点から改善するための取り組みを行っている。

●女性アスリートの三主徴(エネルギー不足、無月経、骨粗鬆症)、その背景には

女性アスリート特有の健康問題の一つとして国内外で注目を集めています(図1)。アスリートは基本的に運動、栄養、休養のバランスを適切に保つことでパフォーマンスが向上します。しかし、過剰なトレーニングやエネルギー不足(図2)が続くと、無月経などの月経異常を招きやすいことが示されています。さらに、無月経の状態が長期間続くと、骨粗鬆症を引き起こし、とくにジュニア期(15〜17歳)に疲労骨折のリスクが高まるとされています。実際に、競技シーズン中に疲労骨折と診断された女性アスリートでは、治療期間中はトレーニングをすることが出来ず、競技復帰までに長期間を要します。月経異常が長期間続く場合には、婦人科を受診するなどの対応が必要ですが、その前に「女性アスリートの三主徴」に陥らないための予防が重要です。

実際のスポーツ現場では、アスリートは最善のパフォーマンスを発揮するために心身の状態を良い方向に維持すること(コンディショニング)を実践していますが、女性アスリートを対象とした私たちの調査では、78%の女性アスリートが「女性アスリートの三主徴」について知らないと回答しました(図3)。また、スポーツをしているから「月経が来なくても仕方がない」、強くなりたいから「痛くても我慢する」と考えている女性アスリートも少なくありませんでした。その一方、多くの女性アスリートは、月経はコンディションやパフォーマンスに影響すると感じていました。それゆえ、女性アスリートに必要な情報を実際のスポーツ現場へ繋ぐ仕組みやアプローチは、女性のスポーツ環境をより良くするために必要と考えられます。近年では、スポーツ庁が女性アスリートに特化した支援を進めており、研究機関や大学等で女性アスリートに関する医・科学研究やプログラム開発が行われています。今後は、女性の身体症状や性差を考慮したトレーニングやコンディショニング法がさらに充実していくと期待されています。

●女性アスリートと一般女性の健康問題との共通点は

まず、エネルギー・栄養不足が共通しています。2017年の「国民健康・栄養調査」では、とくに20歳代において、約20%の方が栄養不足の状態であることが報告されています。例えば、ここ最近よく目にするのは糖質制限。偏った情報理解によってダイエットなどが進むと、カラダとココロにもダメージが発生します。本来であれば、糖質も日々の活動量に応じてきちんととっていくべきものですが、間違った情報による栄養不足の状態は月経異常や摂食障害など様々な健康問題と関連します。

また、月経周期対応も共通しています。女性特有の身体症状や月経周期を考慮することは、トレーニングにおいても日常生活においても共通です。月経後はポジティブな気分が高まる一方、月経前には自覚的なコンディションの不良が見受けられます。また、月経前の黄体期に起こる不快な症状を月経前症候群(PMS)と言いますが、下腹痛や腰痛などの身体症状やイライラや憂うつなどの精神症状としてあらわれます(図4)。このような周期的なコンディション変化への対応として、日頃から体温を測り、自分の基礎体温と照らし合わせて周期を把握しておくことで、一喜一憂することなく症状に対応することができます。自分の月経周期を知ることで、体調の変化に対して事前に心の準備をし、月経周期に伴う諸症状と上手に付き合っていくことも一つの方法と考えられます。

●女性に必要な環境づくりの視点

体調の変化や身体症状を周囲に伝えにくい風土や場面があるかもしれません。女性の健康課題を解決へと導くためには、男女ともに女性のからだの仕組みについて理解し、共有するための教育や環境をより充実させることが求められます。女性アスリートの競技環境を考える上で、指導者との関わりについて考慮することも大切です。

例えば、女性アスリートが指導者に伝えにくい項目として、月経周期や月経異常、怪我・病気、心理状況、体重や体脂肪の管理などが挙げられました(図5)。とくに月経など女性特有の身体症状については、選手と指導者間でコミュニケーションが取りにくい現状があります。日本スポーツ協会の学校運動部活動指導者の実態に関する調査では、性別からみた運動部活動指導者の割合は、中学校(男性71.5%、女性28.5%)、高等学校(男性80.3%、女性19.7%)と報告されています。それゆえ、男女ともに指導者は女性アスリートに必要なコンディショニングに関する知識や情報を得て、実際の指導現場に活かすことが必要であると考えています。

●普段の食生活そのものがベースとなる改善策

日常生活の中に「パフォーマンスを発揮する場所」があります。アスリートで言えば、毎日の練習や競技会などですし、一般の方では、仕事、趣味、育児などがそれにあたるかと思います。そして、最善のパフォーマンス発揮は、自分自身の生活が充実している状態(ウェルビーイング)を高めることにつながると思います。

そのためにも、普段からの食事を今一度見直し、エネルギー・栄養不足からの回復を図りましょう。結果それは、月経状態や骨密度の改善にもつながります。バランスのとれた食事を心がけることは、正常な月経周期やコンディションの維持に役立つと考えられます。日常生活の中にアスリートが実践しているコンディショニング法を取り入れてみるのも良いでしょう。身体組成や骨密度を測定し、コンディション評価を行いながら食生活のヒントを提供する取り組みも最近増えてきていますので、そのような機会もぜひ活用してみることをお勧めします。からだを知り、日々の体調を把握することで自分に合ったコンディショニングスキルを身につけることが大事であると考えています。

その他特集記事