RESEARCH
期待値の明確化がチームを動かす
~インクルージョンを醸成するマネジメントの実践~
2025年12月(日本)
「メンバーにもっと自律的に動いてほしいが、うまく伝わらない」
「フィードバックをしたが、反応がいまひとつ」
——マネージャーのみなさんは、このような悩みを感じたことはありませんか?
チームの成果とメンバーの成長を両立させることは、日々の大きなチャレンジです。資生堂グループでは、社員とビジネスの成長のために「パフォーマンスマネジメント」という評価制度を導入しています。これは、上司と部下が定期的にコミュニケーションをとり、目標設定やフィードバックを通じて、一人ひとりの成果(業績や行動発揮)を高める手法です。これまでの検証により、この仕組みは、「当社の一員であると感じる」「自分らしく仕事ができている」といったインクルージョンの実感に関連することを明らかにしてきました。(過去の記事はこちら)
続編となる今回は、「期待値の明確化」がもたらすインクルーシブな職場づくりのヒントを探ります。
INDEX
01
明確な期待値設定とフィードバックが
インクルージョンを醸成する
パフォーマンスマネジメントは、上司とメンバーが通年で対話を重ね、成果を高めることを狙いとしています。
このパフォーマンスマネジメントとインクルージョンの実感にはどのような関係があるのでしょうか。資生堂DE&Iラボでは、メンバーが「自分に何を期待されているか」を明確に理解し、かつ、上司から業務改善につながるフィードバックやサポートを得られていることが、帰属意識や自分らしい能力の発揮につながるのではないかと考えました。
そこで、日本における社内調査の結果をもとに、パフォーマンスマネジメントに関する以下の2項目で組織を4つのグループに分類し、インクルージョンとの関係を確認しました。
・項目①「業務における自身への期待を明確に理解している」
・項目②「自身の業務改善に役立つフィードバックを得ている」
【4つのグループ】
結果として、インクルージョンスコアが最も高かったのは、業務の期待値をしっかり理解し、かつ上司から役立つフィードバックを受けている実感が高いAグループでした。
これは、社員が「何を、どの程度期待されているか」を理解し、かつ、フィードバックから日々のヒントを得られているとき、チームの一員として自分らしく力を発揮できることを示唆しています。あなたのチームは、どのグループに近いでしょうか。
02
期待値を明確にする3つの実践ポイント
では、どうすれば期待値を明確にできるのでしょうか。社内の実践例から、具体的な工夫を紹介します。
1. 目標の定量化・具体化と背景の共有
売上や契約件数など、定量的な目標を明確に設定できる業務の場合、目標設定の時点で期待値の合意をとりやすいと言えます。しかし、数値化や具体化が難しい「業務の質を向上させる」「新メンバーの指導をする」といった抽象的な業務では上司部下間で認識にずれが生じやすくなります。
パフォーマンスマネジメントのスコアが高いあるチームでは、定性的な目標にも定量的な観点を加えることで行動の方向性を明確にする工夫がありました。
例)
「3人で行っていた業務を2人でこなせるようにする」
「6か月かかっていた業務を3か月で完了させる」
「新メンバーが9月までに1人でデータを作成できるように指導する」
このように、業務の効率化や成果のスピード感を数値や期限で示すことで、定性的な目標の場合も達成基準が明確になり、達成状態を共有しやすくなります。
さらに、こうした例の場合は、「この業務のスピードアップを目指すのは、新規プロジェクトに時間を割くため。あなたのスキルを活かし、チーム全体の生産性を高めてほしい」「データ作成を安定的に任せられる人材が増えることで、プロジェクト全体のスピードと質の向上につながる」というように背景や意図を共有することで、納得感が生まれ、主体性の発揮につながります。
2. 期待値の整合性と公平性の担保
資生堂グループは2021年からジョブ型人事制度を導入しています。これは、各部署における職務内容と必要な専門能力を明確化することで、社員一人ひとりのキャリアの自律性を高めることを意図しています。パフォーマンスマネジメントでは、ジョブグレード*やジョブディスクリプション**に基づいて目標設定を行います。また、目標や評価の偏りを防ぐために評価者同士で基準のすり合わせを行います。こうしたプロセスによって、評価者による評価のばらつきを防ぎ、目線をそろえることにつながります。
*ジョブグレード:職務・役割ベースで格付けしたグレード
**ジョブディスクリプション:担っている職務の職責、業務内容、必要な人材要件を記述した文書
3. 期中の対話による軌道修正
期待値は期初に設定して終わりではありません。業務の進捗や状況の変化に応じて、定期的な対話を通じて認識をすり合わせ、必要に応じて軌道修正を行うことが重要です。
また、週次や月次の1on1などでは、業務の進捗状況のみならず、キャリア形成についても対話を重ねることで、日々の業務とキャリア設計との関わりが明確になり、“自分の未来につながっている”実感を持てるようになるでしょう。
こうしたプロセスにフィードバックやサポートを組み込むことで、部下の成長を支援する機会となります。
+発展編 チーム内での期待値共有
あるチームでは、目標を全体で共有することで透明性と相互理解を高める工夫がありました。新たな業務が生じた際にはメンバー間で互いの目標を照らし合わせながら相談し、主体的に業務を推進する姿勢や一体感が育まれています。こうしたチーム内の継続的でオープンなコミュニケーションは、信頼関係の醸成につながります。
03
明確な期待値設定がもたらすインクルージョンの好循環
期待値の明確化は、単なる業務管理ではなく、一人ひとりが力を発揮できる組織文化の土台をつくる重要な要素になります。ここでは、期待値がどのようにインクルージョン実感につながるか、その流れを考えます。
1. 明確な期待値の理解
「何を、どの程度期待されているのか」がはっきりすると、社員は迷いなく動けるようになり、自律的な行動が促されます。
2. 自律的な行動と上司の支援
社員が自ら動き始めると、上司との対話も深まり、業務の進捗や課題が共有されやすくなります。その結果、フィードバックやサポートがより効果的に機能します。明確な目標に基づく自律的な行動が、上司からの支援を引き出すきっかけになるとも言えます。
3. 成果の実感
行動の結果が見えることで、自身の貢献を実感しやすくなります。成果が明確になることで次の挑戦への意欲も高まるでしょう。
4. 信頼関係の構築
進捗や成果を認め合うことで、上司と部下、チーム内の信頼関係が深まります。安心して意見を言える、助け合える関係性が育まれます。
5. インクルージョンの実感
信頼関係の中で、社員は「自分らしく働ける」と感じられるようになります。これが、自分が受け入れられている、自分らしく能力を発揮できているといったインクルージョンの実感につながるのです。
「この目標には、こういう意味がある」「あなたに期待しているのは・・・」──こういった日々のコミュニケーションが、メンバーの行動を変え、チームの空気を変え、組織の力を引き出します。
パフォーマンスマネジメントにおける期待値の明確化は、一人ひとりが自分らしく力を発揮できる環境づくりの第一歩です。はじめから完璧を目指す必要はありません。小さな一歩から始めて、チームとともに成長していきましょう。
資生堂DE&Iラボは今後も、多様な人材がその力を発揮できるインクルーシブな職場づくりに向けたヒントをお届けします。
統計分析:山口慎太郎(東京大学)、奥山陽子(ウプサラ大学)、津組圭佑(一橋大学)、大島侑真(東京大学)、山本紗英(東京大学)