RESEARCH
多様な働き方と組織の
公平性をどう結ぶか
~パフォーマンス
マネジメントの可能性~


多様な働き方と組織の
公平性をどう結ぶか
~パフォーマンス
マネジメントの可能性~
現在、資生堂にかぎらず多くの職場で育児や介護などの理由により時間的制約のある社員が増えています。それぞれの事情や状況に応じた配慮が求められる一方、個への対応は周囲からの不満や不公平感を生む懸念があります。今回は、個の事情と組織内の公平を図るアプローチの一つとして、資生堂の評価制度を検証します。
資生堂では、ジョブ型人事制度に加え、ビジネスと社員の成長のためにパフォーマンスマネジメント評価制度を導入しています。
【パフォーマンスマネジメント】
上司とメンバーが通年で対話を重ね、現在と将来のパフォーマンスを高めていく仕組み。期初にジョブグレード*とジョブディスクリプション**(職務記述書)に基づく目標を設定し、期中には進捗を上司と定期的に確認して必要に応じて軌道修正を行う。期末には目標の最終達成度を確認し、上司は総合的な評価を行い、次年度以降のパフォーマンス向上やキャリア実現のためのフィードバックを提供するプロセス。
*ジョブグレード:職務・役割ベースで格付けしたグレード
**ジョブディスクリプション:担っている職務の職責、業務内容、必要な人材要件を記述した文書

資生堂が採用するパフォーマンスマネジメントでは、個々のグレードや職務レベルによるジョブディスクリプションに基づく目標設定と、その達成に向けた行動発揮が求められます。社員はフレックスタイムやテレワークなどの制度も適宜活用しながら、主体的に業務を推進することが基本となります。労働時間の長短ではなく、合意した目標に対する成果の達成度合いで評価を決めるというものです。
INDEX
01
パフォーマンスマネジメントが生む評価の公平性
個の状況に対する過度な配慮は、時に「あの人だけずるい」といった不公平感や分断を生じるだけでなく、当人が希望するキャリア選択への不利益をも招いてしまう懸念があります。
ビジネスを推進する組織としてその事実をどのように受けとめ、対応を図ることができるでしょうか。資生堂DE&Iラボは、所属する組織で働くことに「自分の業務目標は適切に設定され、かつ公正に評価されている」という実感が伴っているかどうかが問われると考えました。そこで、日々のマネジメントプロセスと評価に対する納得感の関係を調べました。
分析にあたって用いたのは、資生堂のエンゲージメント調査です。結果、パフォーマンスマネジメントのプロセスに関連するスコア(“自分に何が期待されているか、明確に理解している” “自身の業績改善に役立つフィードバックを得ている”など)は、評価に対する公正性実感の向上につながりがあることがわかりました。


パフォーマンスマネジメントのプロセスと評価に対する公正性実感の間にポジティブな関係性
02
働きがいやインクルージョンを高める評価制度
同様に、エンゲージメント調査から、パフォーマンスマネジメントのプロセスがもたらす他の可能性を探りました。
その結果から、パフォーマンスマネジメントの実施は、“前向きな気持ちで/活き活きと仕事ができている“、“仕事上で信頼関係を築いている“といった実感や、”当社の一員であると感じる“ ”自分らしく仕事ができている“といった実感に対してポジティブな関与があるとわかりました。つまり、パフォーマンスマネジメントという評価のあり方が、ウェルビーイングやインクルージョンの実感醸成の一助になる可能性が示されたのです。
目標に対して主体的な行動発揮や成果を求める仕組みとして採用されたこの評価制度は、不公平感の解消にとどまらず、「潜在能力を発揮し自分らしく仕事をしたい」という働きがいを支えているとも言えるのではないでしょうか。




パフォーマンスマネジメントのプロセスが働きがいやインクルージョンの実感醸成につながる可能性
03
実践的マネジメントのポイント
資生堂は「PEOPLE FIRST」の考えのもと、一人ひとりがその人らしく働けること、ともに成長できることを大切にしています。一連の結果から導かれたのは、多様なバックグラウンドを持つ人材が自分らしく活躍できるインクルージョンと公平性の両立を支える一助としての評価制度の可能性でした。
そこで、実際に資生堂において部下をもつ上司が何に留意し、日々の対話を通じてパフォーマンスマネジメントを進めているか、ポイントを紹介します。
組織の戦略や目標と、個人の業績目標の関連づけを明確にする
定期的に対話の時間を設け、業務推進のための具体的なコミュニケーションを行う
必要に応じた軌道修正
現在と将来のパフォーマンスを向上するために必要なコーチングやフィードバックの提供
業務内容にとどまらず、目指すキャリアについても議論する
実際、あるチームでは定期的な1on1やチーム会議の中で、中長期のキャリアに関する話題も取り上げられていました。どのような成長機会につながるかといった対話は、中長期のキャリアプランにもつながり、上司とメンバー双方にとって良いインスピレーションとなっているようです。面談のようなかしこまった場に限らず、目指すキャリアについて日々オープンに共有できる関係性の大切さを示唆していると考えます。
このように成長の観点も踏まえ、合意した目標を達成するためのプロセスを率直に話し合うこと。部下の行動発揮やモチベーションにつながるコーチングであること。上司と部下の日々の対話のあり方を工夫することには継続的な努力を要しますが、状況を好転させる一歩になるかもしれません。
今回の検証から、パフォーマンスマネジメントは、公平性の基盤となり、個人や組織が主体的に働くための重要な要素となることがわかりました。もちろん、制度がすべてを解決できるわけではありませんし、環境や風土を変えるには時間がかかるでしょう。互いを尊重し多様な働き方を受け入れ、思いやりのある公平な職場環境を実現するためには、まず身近にある不公平感の根本に向き合い、日常のコミュニケーションのあり方を考えることが肝要です。誰もが活躍できる組織の実現には組織内の公平性(エクイティ)が不可欠な基盤となります。自律的にキャリアを積める職場づくりとは、まさに多様な個が輝く美しい組織づくりのこと。それこそ人的資本の最大活用と言うことができるのではないでしょうか。
資生堂DE&Iラボは今後も、多様な人材がその力を発揮できるインクルーシブな職場づくりに向けた研究を進めていきます。
統計分析:山口慎太郎(東京大学)、奥山陽子(ウプサラ大学)、津組圭佑(一橋大学)、大島侑真(東京大学)、山本紗英(東京大学)