RESEARCH
⼥性活躍推進から
「ジェンダー平等」へ
〜ジェンダー不平等を
解消するために〜
⼥性活躍推進から
「ジェンダー平等」へ
〜ジェンダー不平等を
解消するために〜
資⽣堂は「⼥性にいかに能⼒を発揮してもらうか」ということに焦点を当て、
上司や本⼈の意識改⾰、働き⽅改⾰、雇⽤慣⾏の改⾰など、
⼥性活躍につながるさまざまな施策を推進してきました。
その結果、多くの⼥性リーダーが⽣まれ、⼥性管理職⽐率は2024年1⽉に40%を超えました。
また、国内資⽣堂グループにおいては、あらゆる階層において機会均等の象徴である
男⼥⽐率50:50達成を⽬標に掲げ、さらなる⼥性活躍の実現に向けた取り組みを推進しています。
さまざまな部⾨や組織を抱える資⽣堂には依然、⼥性活躍において後れをとる組織、
いわゆる同質性の傾向が⾼い組織が存在します。
そのような組織にスコープを定め、ジェンダー不平等をもたらす要因を
統計的因果推論により検証しました。
INDEX
01
どんなジェンダー
不平等があるか?
検証1:成果を出す能⼒にジェンダー差はない
●分析⽅法
分析対象としたのは、同質性の傾向が⾼いX組織とY組織です。2018年から2022年の過去5年間の個⼈実績を特定し、統計学で有効とされるサンプル数を確保したうえで成果を出す能⼒のジェンダー⽐較を⾏いました。どちらかのジェンダーが成果をもたらしやすい役割を担っているケースがあるため、実績の違いだけで男性と⼥性の能⼒差を結論づけるのではなく、イベントスタディというデータ分析⼿法により統計的な因果にアプローチしました。ある役割の担当が男性から⼥性に変わった時、⼥性から男性に変わった場合、男性から男性に変わった場合、そして⼥性から⼥性に変わった場合、すべてのパターンで成果の変動を分析しました。そして分析結果にジェンダーによる違いがあぶりだされるよう、個⼈の年齢、勤続年数、等級グレード、労働契約をそろえ、また、能⼒の個⼈差を緩和する平均値を採⽤し、「同条件の役割が割り当てられた時、ジェンダーにより平均的な成果に差が出るか」を検証しました。
●分析結果
X組織とY組織ともに、担当の性別が変更(男性→⼥性、⼥性→男性、⼥性→⼥性、男性→男性)した前後で成果指標の値は統計的に有意なレベルでの変化が確認できませんでした。(図1)つまり、同条件の役割が与えられれば男⼥ともに同⽔準の成果を出すことができること、成果を出す能⼒にジェンダー差はないという結果が導かれました。
検証2:「役割」の与えられ⽅にはジェンダーによる差がみられた
●分析⽅法
次に、役割の与えられ⽅にジェンダーによる差はあるのかという検証を⾏いました。対象としたのは、量や質ともに難易度が⾼いとされる役割の業務です。組織の職務記述書から難易度が⾼い業務を抽出し特定した上で、X組織とY組織において、2018年から2022年の過去5年間のある時期に少なくとも1回、難易度の⾼い役割を担ったか否かを、個⼈の年齢、勤続年数、等級グレード、労働契約をそろえて分析しました。
●分析結果
X組織では、役割の与えられ⽅にジェンダー差はありませんでした。⼀⽅、Y組織では、男性の⽅が難易度の⾼い役割を担う確率が13%⾼い結果となりました。(図2) つまり、役割の与えられ⽅の公平性という観点においては、ジェンダーによる差のある組織があることが確認できました。
検証3:上司による部下のスキル判定にはジェンダーによる差がみられた
●分析⽅法
上司は部下の⼈材育成にあたり、年に数回、部下のコンピテンシースキル(⾏動発揮度合い)を5段階評価にて判定します。X組織とY組織において、上司が⾏った部下のスキル判定について、2021年〜2022年の2年間のデータを抽出し、等級グレードごとに上司の性別と部下の性別の相関を分析しました。
●分析結果
等級グレードには初級・中級・上級があります。初級グレードでは、統計的な男⼥の有意差は確認できませんでした。中級グレードは、すべてのスキルにおいて男性が⾼い傾向がみられ、上級グレードは⼀部のスキルで⼥性が⾼い傾向がみられました。総合的に⾒て上司による部下のスキル判定において、どちらかのジェンダーが優位であるという差はありませんでした。⼀⽅、上司の性別と部下の性別の相関を⾒ると、中級グレードでは、男性上司が⾏う部下の判定は男性部下の⽅が⼥性部下より⾼く、この⾼さに統計上の明確な有意差が確認できました。(図3)つまり、⼀部のグレードでは同性部下の判定を⾼くつけるというジェンダー差があることを意味しています。
02
組織のバイアスを⾒定める
検証1〜2の結果から、能⼒にジェンダー差はないが、難易度の⾼い役割を担う確率は男性の⽅が⾼い組織があることがわかりました。難易度の⾼い役割を担うことでより多くの成⻑機会を得られるとするなら「⼥性の⽅が成⻑の機会が少ない」可能性があることになります。また、検証3では、⼀部のグレードでは同性部下への判定を⾼くつける傾向があることが明らかになりました。
では、役割の与えられ⽅の違い、および⼀部のグレードで同性部下の判定を⾼くつける傾向がみられるのは何に起因するのでしょうか。
これらの問いに対し、私たちは「先⼊観」や「思いこみ」から判断や意思決定に偏りが⽣じる事象と⾔われるバイアスが原因ではないかと考え、2つの仮説を提起しました。
仮説1.コミュニケーション仮説
同性部下とより密なコミュニケーションを取りやすく、部下の⾏動を観察しやすくなります。また、その環境下では部下も上司のアドバイスを受けやすくなり、キャリア上もより良い機会に恵まれる可能性があります。
仮説2.アンコンシャスバイアス(無意識に⽣じる認識や偏り)仮説
ジェンダーステレオタイプという社会に広く浸透している「男性」と「⼥性」それぞれに対し⼈々が共有する固定的な思いこみやイメージによる性別役割分業意識が影響します。また、無意識のうちに同性には⾼い判定、異性には厳しい判定をつける可能性もあります。
仮説1:コミュニケーション仮説の検証
●分析⽅法
同性部下の判定を⾼くつける傾向がみられた要因のひとつとして組織内コミュニケーションのジェンダー・ホモフィリー※が考えられます。男性上司は男性部下と、⼥性上司は⼥性部下とより多くコミュニケーションをとり、その結果、同性の部下が成果をアピールする機会やメンタリングを受ける機会に恵まれているという可能性です。このコミュニケーションにおけるジェンダー・ホモフィリーがX組織とY組織に起こっているのかを2023年1⽉〜11⽉間に実施した上司と部下のフォーマルな1on1平均時間データで検証を⾏いました。男性上司と男性部下の1on1時間が⼥性部下に⽐べて⻑く、⼥性上司と⼥性部下の1on1時間が男性部下に⽐べて⻑ければ、当仮説が成り⽴つと考えられます。
※ホモフィリー:「⼈は同じような属性をもった⼈とつながりやすい」という現象であり、「ソーシャル・ネットワーク研究」の中⼼的な考え⽅です。とくに男性は男性と、⼥性は⼥性とつながりやすいという現象をジェンダー・ホモフィリーと呼びます。
●分析⽅法
男性⼥性上司ともに、男性部下の⽅が⼥性部下よりも1on1時間が⻑いことが有意に表われました。⼥性部下にとって⼥性上司であることの優位性は若⼲ありますが統計上の差はありませんでした。(図4)つまり、X組織とY組織におけるコミュニケーション仮説は当分析では実証されないということがわかりました。
次に、仮説2のアンコンシャスバイアス仮説の検証を⾏います。検証結果については次回レポートにて公開予定です。
03
ジェンダー不平等を
解消するために
組織において、無意識のバイアスを払拭するのは難しいことです。しかし、そのバイアスは上司の育成思考に性差を⽣み、⼈事上の重要な意思決定においてジェンダー不平等につながる可能性があるのも事実です。不利になった社員の成⻑機会の損失や育成の遅れが⽣じ、「キャリアマインドに⻭⽌め」をかけてしまう可能性も否定できません。
重要なことは、バイアスに気づくこと。多様な⼈の⽴場や視点を理解することにあります。それにより、ジェンダーに関わらず多様な⼈材(ダイバーシティ)が公正な機会(エクイティ)を得ることができ、組織のすべての社員が尊重され、能⼒を発揮し活躍できる状態(インクルージョン)に導くことができるのです。
⼥性活躍推進の本質はジェンダー平等にあります。⼀⽅のジェンダーにフォーカスし⽀援施策に取り組んできた時代から歩みをさらに進め、ジェンダー不平等の解消に向けた取り組みに向き合っていく必要があります。今後の研究では、多様な⼈材で構成された組織のバイアスと、同質性の⾼い組織のバイアスを⽐較し、その違いを検証する予定です。物理的に組織の多様性を⾼めることがバイアスの払拭に寄与するのか。同質性の⾼い組織においてバイアスを緩和する⽅策はあるのか。次回以降、これらのテーマについて検証していきます。
東京⼤学⼤学院経済学研究科教授 ⼭⼝慎太郎⽒のコメント
DE&Iラボとの共同研究では、既に興味深い発⾒が出てきており、順調に⼀年⽬を終えることができました。研究の出発点として、まず社内の男⼥間格差を⾒つけるところから始めました。資⽣堂は「⼥性が活躍する会社」に選ばれるだけのことはあり、⼀般的な⽇本企業でみられるような分かりやすい男⼥間格差はあまり⾒つかりませんでした。例えば、「コミュニケーション仮説」の検証で明らかになったように、資⽣堂の多くの上司は部下の性別にかかわらず平等に接しているようです。
しかし、分析を進めていくと、資⽣堂であっても男⼥間格差とは無縁でないことも次第にわかってきました。例えば、検証2にみられたように、業務上の役割分担において男⼥差を抱える組織もありました。また、検証3にみられたように、⼀部の組織では、部下のスキル評価にジェンダーバイアスがあることが⽰唆されました。これらの結果は、社内の⼈的資本が適切に評価されず、その結果、適切な⼈材配置が⾏われていない可能性を⽰しています。
今後は、社内のどこに男⼥間格差が残るのか、その原因は何なのか、それが企業のパフォーマンスにどう影響するのか。最終的にはどのようにバイアスをなくしていくことができるのかといった点について研究を進めていきます。
DE&Iラボと我々研究チームが⽬指すのは、多様性があり⾼いパフォーマンスを発揮できる組織づくりのための知⾒を得ることです。すべての⼈が、⾃らの持つ能⼒を⼗分に発揮することで、働き甲斐を感じられ、企業としても⾼い成果を挙げることを追求していきます。
【⼭⼝慎太郎⽒プロフィール】
東京⼤学⼤学院経済学研究科教授
現在の研究分野:労働経済学、家族の経済学、教育経済学。
研究課題:教育が⼈々の⽣涯に及ぼす影響を定量的に評価するとともに、そのメカニズムを明らかにするための実証的な分析を⾏っている。
近著『⼦育て⽀援の経済学』は⼀昨年「⽇経・経済図書⽂化賞」を受賞。⽇経新聞で「多様性 私の視点」(コラム)を担当するなど、アカデミアのみならずメディアからも注⽬されている。