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多様な視点が⽣みだした
イノベーション
〜ウェットフォース
技術誕⽣秘話〜

多様な視点が⽣みだした
イノベーション
〜ウェットフォース
技術誕⽣秘話〜

資生堂がこれまで生み出してきたイノベーションの背景には、
ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)を尊重する組織風土や
多様な経験や視点をいかせる仕組みがあると考えています。
2014年に開発した、水や汗に触れても紫外線防御膜が強くなる
世界初の「WetForce(ウェットフォース)」技術の誕生を
一つのケーススタディとして、具体的にどのような背景があったのか、
実際に開発を進めてきた研究員である八巻悟史さんにインタビューを行いました。

INDEX

  1. 01 多様な視点から⽣まれた「WetForce(ウェットフォース)」
  2. 02 アイデアコンテストでつかんだ具現化への道
  3. 03 イノベーションが⽣まれる3つのポイント

01

多様な視点から⽣まれた
「WetForce(ウェットフォース)」

多様な視点から⽣まれた「WetForce(ウェットフォース)」とはどんな技術ですか?

⼋巻 : 肌に塗った日焼け止めが、水や汗に触れると、水や汗に含まれるミネラルによって水を弾く撥水性を高めるとともに、紫外線防御膜が強くなる技術です。

この技術が⽣まれたきっかけは何でしたか?

山木悟史さんインタビュー情景 ⼋巻 : ひとことで言えば、これまで考えたことのなかったインドやバングラデシュの農村の方々のニーズにとことん向き合い、多様な視点をもって現地の人のニーズに合う製品を突き詰めて考えた結果、想定外の技術が生まれたということです。

2011年、資生堂ソーシャルビジネスプロジェクトに参加する機会があり、私を含む数人の研究員がさまざまな分野の他部門のメンバーとともにインドやバングラデシュの農村エリアに調査に行きました。現地のニーズは、しわやシミのない肌になりたいということでしたが、現地の人の肌状態を確認したところ、強い日差しによる光老化が顕著に見られ、それを防ぐためには日焼け止めが有効であると考えました。さらに、高温多湿の環境で常に汗をかきながら生活しているため、高い耐水性が日焼け止めに求められること、現地の誰もが持っている石鹸で簡単に洗い流せることや現地の人が購入しやすい価格であることが必要だと考えました。つまり、耐水性が高く石鹸でも落とせる安価なウォーターベースの日焼け止めをつくれないかと考えたわけです。この発想は、インドやバングラデシュの農村を訪ね、現地の人のニーズをとことん考えたからこそ生まれたものです。

バングラデシュ農村エリアでのヒアリング光景
バングラデシュ農村エリアでのヒアリング光景
バングラデシュ農村エリアでのヒアリング光景

当時の研究では、ウォーターベースの日焼け止めに耐水性を持たせるのは限界があるという報告が出ていました。しかしながら、その常識を覆すヒントは現地の石鹸にありました。水や汗に含まれるミネラルによって、石鹸は撥水性に変質することに思い至ったのです。その発想をもとに耐水性の高い日焼け止めが実現できるのでは、と過去の製品開発の経験をいかして試作品をつくってみたのが始まりでした。その後試作品の耐水性を評価する過程で、汗や水に反応して紫外線防御膜を強化する革新的な技術(ウェットフォース技術)の開発につながりました。

02

アイデアコンテストで
つかんだ具現化への道

具現化に向けて、どのように推進したのですか?周囲の反応はどうでしたか?

⼋巻 : 当初は、あまりにも常識外のアイデアで、報告しても誰にも理解してもらえませんでしたが、社内で毎年実施している、研究開発領域(以下R&D)の全研究員が参加するアイデアコンテストに応募してみたところ、大賞を獲得しました。
アイデアコンテストは、通常業務とは異なるプロセスによって新価値・文化を生み出すイノベーション開発を掲げる30年以上続くコンテストです。インサイトや着眼点、技術的特徴を発案者が発表後、R&D領域のリーダーたちによってその場で審査が行われます。毎年平均300以上のアイデアが出品されるイベントです。
私は、2012年10月にアイデアコンテストで大賞を獲得し、直後から検討を始めました。翌年の1月にはウェットフォース実現計画が決まり、4月にはこの実現に専念するため部署異動をして、具現化研究を本格的に開始しました。

異動する前は通常の業務の合間で推進しており、大変でしたが、実現に向けて手助けしてくれた分析のエキスパートの方など、社内の仲間の存在に非常に支えられました。

異動後に製品への具現化を目指すなかでは、周囲からのプレッシャーも大きかったです。その過程で、ブランドチームのコーディネーターが併走してくれたこと、何よりも実現できると上司が信じ、業務調整などのサポートをしてくれたおかげで、開発に十分な時間を割くことができました。その結果、8カ月でプロトタイプを構築し、1年で複数の製品処方を完成することができました。その後、マーケティングチームとの連携により、スムーズに製品計画を進めることができ、わずか2年でこの技術を活用した製品を販売することができました。

どのような想いで開発を推進しましたか?

⼋巻 : 発明者である自分以外にそれを実現することができないという使命感とブランドの製品計画を達成しなければという危機感がありました。世の中を変えるイノベーションを起こしたいという想いは強く持っており、ウェットフォースは革新的な技術になると信じて推進しました。

このイノベーションの成果はどうでしたか?

⼋巻 : 当時、このウェットフォース技術は、資生堂グローバルブランドである「SHISEIDO」の日焼け止め製品に活用されました。発売後2016年には、この技術が搭載された「SHISEIDO」の日焼け止め製品の売上が、アメリカ及びイタリア、中国でNo.1となり、同製品の前年実績から大きく売上を伸ばしました。
現在では、本技術を応用した数多くの製品が発売され、今ではレジャーユースの資生堂のサンケア製品になくてはならない技術となっています。

当時アメリカで導入されたSHISEIDO日焼け止め製品
Ultimate Sun Protection Lotion

03

イノベーションが⽣まれる
3つのポイント

イノベーションが⽣まれるために必要なことは何だと思いますか?

⼋巻 : 3つ挙げたいと思います。
1つ目は、多様な視点を得る機会をつくることです。私の場合は、当時のソーシャルビジネスプロジェクトにみずから参加したことで、研究員以外のメンバーとともに、今まで出会ったことのない南アジアの人々の生活や肌状態、考え方を知る機会を得ました。そこからこの技術の発想が生まれました。日本にいては、この発想は生まれていなかったです。

2つ目は、今回私が活用した、誰もが分け隔てなくさまざまなアイデアを提案できるボトムアップの仕組みです。私は10年間で約100個のアイデアをコンテストに出し続け、色々と学ぶなかで、10年目にして大賞を獲得することができました。このアイデアコンテストに応募していなかったら、私の発想が公に共有されることはなく、今回の技術開発の実現はなかったと思います。このような仕組みは、多様でイノベーティブなアイデアが可視化される場として非常に重要です。

3つ目は、社内において、立場や上下関係なく、斬新な発想にフラットに耳を傾け、それをいかす組織風土です。私の場合は、部署を超え研究や製品化の協力をしてくれた仲間の存在、また突拍子もないアイデアに興味を示し、実現できるよう業務調整を図ってくれた上司の存在がありました。多様な視点で得た斬新な発想を受け入れ、いかそうとする人たちがいる組織だからこそ、今回のイノベーションの実現につながりました。

インタビューを終えて

今回、八巻さんから話を聞いて、あらためてイノベーションが生まれた背景には、
DE&Iの要素があることがわかりました。
異なる領域の人との協働プロジェクトや、国境を越えてインドやバングラデシュの
農村において多様な視点を得て新しい発想が生まれたこと、
多様な視点が可視化されるアイデアコンテストの存在があったこと、
そして前例のないアイデアに対しても立場に関係なく周囲の人たちが
フラットに受け入れ、いかすためにサポートしてくれたことです。
多様な視点を持った強いパッション、使命感を持った人がいかされる環境こそが、
イノベーションを生みだすことを感じたインタビューでした。